2005年12月06日

瀬戸市民が名古屋について語っております

 かく言うわたしも名古屋市民ではありませんが。わはー。
 ちなみに、こちらのBLOG経由。トラックバック受けつけておらんのですな>彼方さん

 名古屋について、外部のひとが疑問に思うようなことを片っ端から解説しているのが凄い。名古屋ゆかりの企業の昔話なんかは、名古屋人(仮)なわたしにも興味深かったです。メ〜テレで中日の野球中継をやらんのは、そういう理由だったのか。でも、どうせ名古屋テレビ(メ〜テレ)のことを取り上げたんだったら、かの局の最大の功績であるガンダムについても触れてほしかったところですが。いや、別にガンヲタじゃないけど、アレもいちおう名古屋発ですから。
 んで、読んでてちょっと気になったのは、わたしの中にある「名古屋観」と、若干ズレている部分があるんですな。わたしはそれほど名古屋に帰属意識を持っていません。うちの新聞は中日じゃないし、松坂屋が名古屋のデパートで一等だとも思わない。名古屋弁も使っていたのは「放課」「(机を)つる」「車校《しゃこう》」ぐらいかな。「車校」が他で通用しないってのは、ちと驚いたけど。どうもこれを書いているかたは、わたしよりも少し上の世代のひとらしいので、ズレを感じるのはそのへんが原因かもしれません。
 ここ10年の間に、名古屋は大きく様変わりしました。タワーズも高島屋もセブンイレブンもビックカメラもドンキホーテも地下鉄環状線もあおなみ線もイタリア村もリニモもセントレア(は名古屋じゃないか……)も、10年前にはなかった。次から次へと他所の企業が進出し、鉄道網が整えられていくにつれて、そこに住む名古屋人の意識も、急激に変化していっている気がします。名駅に行けば高島屋やビックカメラは普通に松坂屋やエイデンと同居してるし、セブンイレブンやドンキも拍子抜けするほどあっさり名古屋に浸透してしまった。排他的な地域といわれていたはずなのに、若い世代は「ヨソモノ」を何の疑問も抱かずに受け入れている。そうしていつしか、松坂屋やサークルKやエイデンは名古屋にとって「特別な存在」ではなくなってしまった。完全にアドバンテージがなくなったわけではないのだろうけど、これらの企業が跋扈する独特の風景は徐々に失われつつあると思います。まァ、まだトヨタや中日新聞や名鉄など、この地域を牛耳っている企業はありますけど。あと、赤味噌天国な食文化も未だ根強いですな。こういう生活に直結しているものは、そうそう変わるものではないですからねぇ。
 メ〜テレにしたって、違和感を覚えているひとなんざ、今やほとんどいないと思うですよ。頑張ってるやん、メ〜テレ。さまぁ〜ずとか伊集院光とかウド鈴木とか、中堅どころの芸人も積極的に使ってるし。いや、芸人使えばいいっていうものではないんだろうけど。伊集院の番組には中日の選手も時々出てるんだから、野球中継も少しぐらい分けてあげればいいのに。
 閑話休題。
 この急激な変化をもたらしたのは、もちろん名古屋の好調な経済によるものなんだろうけど、そのトリガーとなったのは実は万博なんじゃなかろうかと、わたしは思います。万博が愛知で開催されると決まったあの日から、この流れは始まっていたのかもしれない。それまでの名古屋といったら散々でしたからね。オリンピック招致には失敗するわ、デザイン博は大コケするわ、タモリには馬鹿にされるわ、中日は優勝確実と言われていたのに終盤大逆転食らって優勝逃すわ、逆に追い上げてこの試合に勝てば優勝というところをあっさり負けて巨人に優勝かっさらわれるわで。そんな意気消沈していた中での、あの朗報。直接的な影響はなかったのだろうけど、風向きが変わったというか、あの日を境にして何かが動きだしたような気がします。今にして思えば、だけど。
 そうして今年、悲願(?)の万博が開催され、なんやかや色々あったものの、どうにか無事に終えることができました。成功、と言っていいのかな。周辺地域にいろいろ恩恵をもたらしてくれたし。うちもその恩恵にあずかって、先日ようやく下水道が整備されました。ありがとうインフラ万博。
posted by むささび at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 名古屋
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