2009年01月29日

小説 STAR OCEAN 2 〜 ネーデ編 第四章(3)

   3 背中あわせの少女たち 〜ラクア〜

 ──フィリアよ。もうすぐだ。間もなく凡《すべ》てが終わる。我らは永遠の安息を得ることができるのだ。
 ──おとうさま。もはやわたしが何を言っても、あなたは耳を貸さないでしょう。でも、それでも、わたしはあなたを止めなければならない。

〈……余は我らの願望の目途《もくと》を胎内に宿し、また全ての崇高な喜悦の源の周囲を廻《めぐ》る天使なり……〉

 ──何故だ? 何故にお前はそうまでしてこの世界を救おうとする? 罪なきお前の命を、灯火を消すがごとく奪い去った、あの忌々しき世界を。
 ──違うのです、おとうさま。わたしが救いたいのは、あなたのことなのです。かつてのあなたは、この世界をとても愛してくださったではないですか。世界を愛し、世界と共に生きていたおとうさま。わたしの大好きなおとうさま。それが、どうしてこのようなことになってしまったのでしょう。どうかもう一度、この世界と共に生きていたあなたに戻ってくださいまし。

〈……天の淑女よ、汝が御子の後を追って至高天《エンピレオ》に入り、それをさらに聖化するまで余は汝が周囲を廻るであろう〉

 ──世界? お前のいない世界に、いったいどれほどの価値があるというのか? 私が愛したのはお前のいる世界。私の世界とは、フィリア、お前のことなのだ。それが叶わないのならば、世界など、そこらに漂う塵ほどの価値もない。消えてしまえばよいのだ。
 ──わたしはそのようなことは望んでおりません。これが最後のお願いです。どうか、わたしに免じておやめになって。

〈……かくも謙遜に余に請願し給う神聖なる妹よ。汝の赫《かがや》く愛もて余をかの美しき円環より解いたのだ……〉

 ──私は己が赦《ゆる》せぬ。お前を奪ったこの世界と、それに無力だった私が赦せないのだ。傲岸不遜《ごうがんふそん》な世界に裁きを下し、その贖罪《しょくざい》を全うすることが今の私に課せられた使命なのだ。
 ──ああ、ああ。どうしてこのようなことになってしまったのでしょう。おとうさまの怒りは灼熱の溶岩よりも激しく、哀しみは海の底よりも深い。もはやわたしでは止めることはできません。だれか、だれか、おとうさまを止めて。このままでは、すべてが終わってしまう。

 お願い…………だれか────。


 賑やかな石畳の道を、レナは名残惜しいように、ゆっくりと歩いた。すれ違い、追い越してゆく人々は、いつもと何ひとつ変わらない表情をして、ふだんと変わらない日常の中で動いているように見えた。十賢者がこの星を支配しようと暗躍していることなど、まるで知らないように。
 いや。本当は知っているのかもしれない。ただ、今さら騒ぎ立てたところでどうしようもないと開き直っているだけで。そう考えてから見ると、人々の表情にはどことなく、諦めにも似た感情が潜んでいるような気もしてきた。
 岩を避けて流れる渓流のように、自分の周りを流れる人々をつぶさに観察していたら、通りがかった年嵩《としかさ》の婦人に嫌な顔をされてしまった。レナは慌てて目を逸らして、横の衣料品店に視線を向ける。さほど大きくはないが、わりと見栄えのいい、小綺麗な感じの店だ。透明な硝子板の扉からそっと覗いてみると、明るい店内には所狭しとハンガーにかけられた上着やスーツやスカートが並べてあり、何人かの女性客が熱心にそれを選んでいた。彼女はその光景を、ちょっとだけ羨ましく思った。こないだ服を買ったのは、いったいいつのことだったろうか。一年前? それとも二年前? アーリアのゆったりと流れる時間の中で過ごしていた日々が、なんだかひどく遠い日のことのように思える。
 レナはこの場所に奇妙な違和感を覚えていた。なぜか、自分はここにいてはいけないような気がするのだ。人々が何気ない生活を送る空間。退屈すぎるほど平和な時間が流れる空間。そんなものから、ひどくかけ離れた存在に自分はなってしまったように思えてならない。この一年の間に、あまりにも色々なことがありすぎた。一生ぶん、いや百年ぶん、二百年ぶんの出来事をこの一年で経験してしまったようだった。
 だからかもしれない。こういう穏やかな日常にいた自分をうまく思い出すことができないのは。街中で自分と同じくらいの歳の娘を見かけるたびに、懐かしさを通り越してひどく哀しくなった。
 でも、それももうすぐ終わりだ。その終わりを、一体どのような形で迎えることになるのかは、誰にも予想のつかないことだったが。
 もし、この戦いが無事に終わったなら。レナは思った。私はアーリアに戻っているのだろうか。またあのゆったりとした時間の中で、平穏な生活を送っているのだろうか。
 けれど、そこにクロードは……。
 はっとして、レナは立ち止まった。誰かが自分を見ている。雑踏の向こうに、自分の知っている誰かがいる。姿が見えないのに、なぜか直感的にそれがわかったのだ。私はそのひとを知っている。ただ、それだけが。
 押し寄せる人の波の合間から、薄い絹のローブの裾が見えた。細く白い腕が、華奢な肩が、頭にかぶったフードが、人ごみを通して断片的に彼女の目に入ってきた。そして、ようやく人の波が途切れ、ふたりの間には何も遮るものはなくなった。レナとその女性は、正面から向き合った。
 女の顔は、フードをかぶっているためによくわからなかった。ただ、そのフードのついた薄紅色のローブには見覚えがあった。花の蕾《つぼみ》のような唇を見たとき、いつか、同じ口から語られた言葉をレナははっきりと思い起こすことができた。
『虚に包まれた幸福に身を埋めるか、寒風の中に肌を曝《さら》そうとも真実を求めるか』
 そうだ。あれはクリクでのことだった。街の壊滅を予言したあの女性。レナに奇妙な言葉を残したあの女性。それが、どうしてこんなところに?
 レナが茫然と見つめている間に、女はローブの裾を翻して、人垣の向こうへと歩き去ろうとする。
「待って!」
 レナはすぐに後を追って駆け出した。女は歩いている。走れば追いつけないはずはなかった。しかし、どれだけ人ごみをかき分けて走っても追いつくことはできなかった。女は一定の距離を保ちながら、まるで彼女を誘いだすように歩き続ける。雑踏の合間から見え隠れするフードを頼りに、レナは夢中で彼女を追った。
 そうして、気がついたら薄暗い路地に迷い込んでいた。人影のまったくない、うらぶれた小径だった。くしゃくしゃに丸められた新聞紙が、風に吹かれて横切る。道の真ん中でレナは立ち止まって、辺りを見回した。女性の姿はなかった。
 見失ってしまった。レナはため息をついて、今来た道を引き返そうと振り返り……息を呑んだ。
 彼女の背後に、いつの間にかローブの女がこちらを向いて立っていたのだ。
「あなたは……」
 レナは言葉を詰まらせた。女性はなにも言わずに、おもむろに右手でフードを払って頭から外した。血で染めたように濃い紅の髪がさらっと背中に落ちる。肌は透き通るように白い。薄手のローブを身につけているせいもあり、彼女の姿は消え入りそうなほどの透明感に充ちていた。
「レナさん、でしたね」
 桃色の蕾が開いて、彼女は鈴のような声色で言った。
「どうして私の名前を」
「あなたのことはずっと見ておりました。そう、ずっと前から……」
 そのとき、女の顔に微笑が洩れた。見ている方の息が詰まるほど美しく、完璧な微笑だった。
「わたしはフィリア。お察しの通り、クリクの街で崩壊を告げたのも私です」
「どうしてあんな予言を……いや、それよりも、クリクからどうやってここに来られたんですか」
 フィリアはそれには答えなかった。微笑が消え、僅かに瞳を伏せる。
「すべては父の仕業なのです。あの街の崩壊も、エクスペルの消滅も。そして今、父は全宇宙をも破滅に導こうとしています」
「宇宙の……破滅……?」
 どこかで聞いたことのある言葉だった。確か、ナールの説明の中で……。
「まさか……」
「崩壊紋章。あなたもその名は聞き及んでいるでしょう」
 レナは無意識に後退りをした。その紋章の存在を知っているのは、ナールに教えられた自分たちと十賢者だけのはずだ。つまり、このひとは……。
「あなたは……十賢者なの?」
 フィリアはやはり答えなかった。濃緑の瞳が小刻みに震えている。まるで、何かを堪えているように。
「……これだけは信じてほしいのです。わたしはあなたの敵ではないし、味方でもない。宿命《さだめ》の名のもとに動き、それに振り回される愚かな存在に過ぎません。不幸なひとりの男を救ってほしいがために、こうしてあなたの前に姿を現しただけなのです」
「不幸な、男……。それが、あなたのお父さんなんですか?」
 レナが訊くと、フィリアは真摯に前を向く。
「今の父をつき動かしているのは純粋な憎悪、純粋な哀憐《あいりん》。あまりにも純粋すぎるがゆえに、それらは危険な方向へと父を導いてしまったのです。今や全宇宙の命運は父の手に委ねられていると言っても過言ではありません。彼の意志ひとつで崩壊紋章は作動し、世界は完全なる無へと帰すのです」
「あなたのお父さんって……」
「もはや時間がありません」
 差し迫ったようにフィリアが言うので、レナは口に出かかった質問を喉の奥に押しやった。
「父を止めるにはあなたの助けが必要なのです」
「どうすればいいんですか?」
「わたしを、殺してください」
 レナの表情が凍りついた。
「……え?」
「父とわたしは別々の意識を持ちながら、同一の存在でもあるのです。わたしが消えれば、半身を失った父も同時に消滅するはずです。彼を……父を止めるためには、もはやこれ以外に方法はないのです」
「でも、そんな……どうして私が」
「父に制御されている以上、わたしは自ら死を選ぶことはできません。誰かにやっていただく必要があるのです。あなたを選んだのは……」
 言葉の途中で、フィリアの顔が一瞬にして青ざめた。緑の瞳は大きく見開き、口は息苦しいように喘いでいる。
「フィリアさん?」
 レナが呼びかけても、フィリアは何の反応も示さない。小刻みに震える膝を動かし、二、三歩背後に下がり、仰《の》け反るようにして天を仰いだ。
「お、とう、さま──!」
 呻くような声でそう言いながら、彼女の身体は少しずつ色を失っていく。薄紅色のローブも赤い髪も、緑の瞳や肌の色も桃色の唇も、彼女を構成していた色という色がことごとく褪色《たいしょく》し、白というひとつの色に同化していった。最後には、白い紙を人間のかたちに切り抜いたような姿になり、それもやがて、輝きとともに跡形なく消滅した。
 レナはその間、一歩も動くことができず、一言も口をきくことができなかった。フィリアが消えた後も、その場所を神妙に凝視している。そこからまた、誰かが出てくるのを待っているように。しかし、どれだけ待ってもそこからは、なにものも出現することはなかった。
 ……いったい、彼女は何者だったのだろうか。
 崩壊紋章と関係しているのなら、やはり十賢者の一味なのだろうか。それにしても様子がおかしい。
 殺してくれ、と彼女は言った。その言葉には、途方もなく深い哀しみばかりが秘められているようだった。しかし、緑の瞳はその真意を告げることなく消えてしまった。レナの胸の中には、澱《おり》のような蟠《わだかま》りばかりが残った。
 破滅を導こうとする父と、命を絶つことを願った娘。この父娘《おやこ》を引き裂いた大いなる悲劇を、彼女は程なくして、知ることとなる。


 セントラルシティのホテル『ブランディワイン』の一階には、バーがある。その名にちなんで造られたのか、それともこのバーがそのままホテルの名前の由来になったのかは、誰も知るところではなかったが。
 ロビーの横にひっそりと構えるその店はさほど広くはないが、見た目にも趣向を凝らしてある。いくつかの木製の机と椅子、それにカウンター。そこに立ってせっせと年季ものの瓶を磨くマスターは、短めの髪を整髪剤で固め、鼻の下と顎の先だけ髭を生やしている。背後には様々な色をした瓶が、いろんなラベルを貼られて棚にずらりと並べてある。天井から吊り下がった灯りは、丸い磨り硝子のカバーの中で満月のように茫漠と店内を照らし上げる。床はホテルと同じワインレッドの絨毯。壁のクロスは少し黄ばんでいたが、豪邸の壁紙にでも使うような上品な模様が描かれているぶん、やはり上品に古めかしい印象を与えてくれた。
「珍しいわね。あんたがこんなとこに来るなんて」
 カウンターに肘をつきながら、オペラが隣に座ったディアスに言った。彼女の前には底の広いグラスが涼しげに汗をかいている。
「マスター、オンザロックひとつ。こっちの人にね」
「はいよ」
 ディアスが無表情のままオペラを見ると、彼女は悪戯っぽく笑って肩をすくめた。
「まさか、飲めないってクチじゃないわよね」
 マスターがディアスの前に氷の入ったグラスを置き、琥珀《こはく》色のウイスキーを注ぐ。ディアスは軽く嘆息して、グラスを手に取った。
「今日は一人なのか?」
「エルのこと? 彼なら、ノエルと一緒にギヴァウェイに行ったわ。クロードもね。でも、ひとりってわけじゃないのよ」
 そう言って、オペラは顎で背後のテーブル席を示した。そこに向かい合って座っていたのは、ボーマンとセリーヌ。ボーマンの前にはゴブレットが、セリーヌの前にはチェリーの浮いたカクテルグラスがそれぞれ置かれてあった。
「なんだ。いたのか」
「いたのかはないだろ。ったく」
 ボーマンは赤ら顔をこちらに向けて苦笑した。向かいのセリーヌは、両手で頬を受け止めるように肘をついて、呆れたようにそれを眺めている。
「なぜギヴァウェイに?」
 ディアスはオペラに向き直って訊ねた。
「あそこの大学に、レイファスっていう学者がいたでしょ。ノースシティの図書館をハックしてるっていう。そのひとから呼び出しがかかったのよ」
「何かわかったのか?」
「さあね。でも、多分そうじゃないかしら。まったく、こんなギリギリになって、やっと連絡してくるんだから」
 ディアスはグラスに口をつけて傾けた。そして、黙って彼女の話を聞く。
「今日の午後にはラクアに行って、明日が決戦だって言うのに、間に合うのかしら。あたしだってそれなりには気になってるんだから」
「興味ないな。奴らの正体が何であれ、俺はぶちのめすまでだ」
「あら、そう」
 オペラは冷ややかな微笑を浮かべたまま、言った。
「だったら、こういうことだったらどうする? 十賢者のうちのひとりには、妹がいたのよ。それをネーデ人に殺されてしまって、その恨みで復讐してるとしたら?」
 ディアスは眉間に皺をつくり、彼女を睨んだ。オペラはやれやれ、と深い溜息をつく。
「あんたのトラウマは相当なものらしいわね。冗談よ。悪かったわね」
 オペラは悪びれる様子もなく、グラスの残りのウイスキーを飲み干した。ディアスは無言のまま、視線を正面に向ける。
「あら、レナじゃありませんの」
 テーブル席から声が上がった。ロビーを歩いていたレナがこちらに気づき、扉を開けてバーに入ってきた。
「あなたもどう? 一杯くらいならおごりますわよ」
 しかし、レナはぼうっとつっ立ったまま、机の上のあらぬ一点を見つめている。たった今、夢から覚めたばかりというような表情をして。
「どうしたの?」
 セリーヌに顔を覗かれて、ようやく作り笑顔を返す。
「いえ。なんでも……ないんです」
 そのとき、バーの扉を勢いよく開けてくるものがあった。クロードだ。
「みんな、いるか!」
「どうした、クロード? そんなに慌てて」
 呑気にそう言うボーマンに構わず、クロードはその場に全員が揃っているのを確認してから、真剣な顔をして言った。
「ギヴァウェイに来てほしい」
「今すぐ?」
「ああ。とんでもないことがわかったんだ」
 セリーヌが眉をつり上げ、ボーマンの酔いが一気に醒める。オペラとディアスは互いに顔を見合わせ、レナの胸は風に揺れる大樹のようにざわついた。
「とにかく、ギヴァウェイに来てくれ」
 高ぶった感情を抑えるようにして、クロードは繰り返し言った。

「必死になってトラップを解除して、やっとデータを閲覧できたかと思えば……まさか、こんな真実が隠されていたとはな」
 研究室の一角で、レイファスは腕を組み、装置の画面を睨みつけながら言った。レナたちは黙って次の言葉を待つ。
「……すまないな。私もいささか困惑している。何から話していいものか……」
「十賢者というのは、いったい何者なんですか?」
 レナの脳裏には、先ほどのフィリアと名乗った女性のことが残っていた。十賢者とは、そして、彼女はいったい何者なのか?
「彼らはネーデ人ではない。むろん他の星の人間でもない。ネーデの遺伝子工学が生み出した、人工生命体だ」
「人間を、造ったってのか?」
 ボーマンが信じられないように言った。
「遺伝子情報さえ揃えば、生命体を生み出すことなど容易いことなのだよ。遺伝子というのは簡単に言えば、生命体の姿や形状、性質などを記録した設計図のようなものだな。解析ができれば、それを書き換えることもできる。彼ら十賢者の遺伝子は、人間が持ちうる最大限の能力を引き出せるようになっている。つまり、設計図を書き換えることによって最強の人間を生み出したということだ」
「なんのために?」
 オペラが訊くと、レイファスは操作盤を叩いて画面を切り替えた。そこには『第一次十賢者防衛計画 立案書』とあり、そのあとは細かい文字の羅列が画面の下の端まで続いていた。
「三十七億年前、ネーデはその比類なき文明を駆使して周辺の惑星を配下に従えていた。正史では友好的な関係を築いたことになっていたが、実際には武力を盾にして半強制的にその支配下に置いていったらしいな。だが、どのような時代においても、そのような支配がいつまでも続いたためしはない。周辺の星々のネーデに対する反感は次第に高まり、それはネーデにとっても脅威となった。そこで彼らは、より強力な兵器でもってそれを鎮圧することを考えた」
「兵器?」
「それが、十賢者なのだよ」
 レイファスは画面から目を離さずに、続ける。
「当時のネーデには、ランティスという天才的な科学者がいた。ネーデ軍は彼に十体の生体兵器の作成を命じたのだ。『第一次十賢者防衛計画』と銘打たれたその計画は、ランティス博士の主導の下、すぐに開始され、そして十賢者は誕生した」
「ネーデ人が十賢者を生み出した?」
「そんな……人間の兵器だなんて」
 嫌悪するセリーヌをよそに、レイファスはさらに続ける。
「計画は順調に進行した。次々と生体兵器は完成し、それらは予想を遙かに凌ぐ性能を持っていた。このまま無事に計画が完了すれば、彼らによってネーデの平和は保たれることは間違いなかっただろう。……しかし、そこで思わぬことが起こった。博士の一人娘がテロの犠牲になったのだ」
「娘?」
 レナは驚いて訊き返した。
「ああ。ランティスにはひとりきりの娘がいたのだ。名はフィリア。妻を病で亡くしてからは、この一人娘を溺愛していたらしいな。……どうかしたのかね?」
「い、いえ。なんでもないです」
 レナは慌てて首を振った。胸の鼓動はしばらく治まりそうもない。
「当時はネーデ人の中にも周辺の惑星と内通している者がかなりいたらしい。十賢者の計画を嗅ぎつけた彼らは、その妨害のためにフィリア嬢を誘拐した。計画の中心的存在であったランティス博士を脅し、生体兵器の開発から降ろすためにな。しかしその途中、手違いでフィリア嬢は死んでしまった」
「手違い?」
「データの中にも『手違い』としかなかった。それ以上のことはわからないがね。……ともかく、娘を失ったランティス博士は突如、研究所を封鎖した。誰も入れない研究所の中で、博士は九人まで完成していた十賢者に新たな任務を与え、そして世に解き放った。任務とは、すなわち『全宇宙の破壊』」
「どうしてそんな命令を」
「さあな。娘を殺され、もはや発狂していたのかもしれん。自らの研究が元で命を失ったのだからな。やり場のない復讐心……その矛先をどこかに向ける必要があったのだろう。しかし、不幸なことに彼は天才的な科学者でもあった。彼の感覚では、人ひとりや組織や軍隊ごときでは何の復讐にもならないのだよ。星ひとつでさえも彼にとっては復讐の対象にはならない。自分の研究と等価なものでなくては復讐は成立しないと考えたのだろう。そうして最終的に彼が下した命令が『全宇宙の破壊』だ。……まったく。この感覚は常人には到底理解できないがね」
 レナもクロードも、誰も何も言うことができなかった。思うはひとりの天才の悲劇か。それともひとりの愚者の暴挙か。
「九人の十賢者は忠実に任務を遂行した。鎮圧にかかったネーデ軍はわずか数日で全滅寸前にまで追い込まれた。このままではネーデはおろか、宇宙のあらゆる星は十賢者によって消されてしまうことは必至だった。ところがあるとき、何の前触れもなく十賢者は攻撃を止め、博士のいる研究室に戻っていったのだ。ネーデ軍は不審に思いながらも研究室に突入したが、中に十賢者の姿はなかった」
「博士はどうしたんですか?」
「自殺していた。短剣で喉を突いてね」
「…………」
 レナはうつむいて、苦しそうに胸に手をあてた。
「のちの軍の調査でわかったことだが、博士は自殺する直前に十賢者をエタニティースペースに封印したらしいのだ。エタニティースペースのことは知っているね。時間軸の存在しない特殊な空間だ。死刑制度のないネーデでは重罪人がここに放り込まれる。この空間は中からは絶対に破ることはできない。しかし実際には十賢者はスペースを抜け出し、こうしてネーデに舞い戻ってきた。スペースに何か抜け穴のようなものがあったのか、それとも外部に抜け出すための鍵《キー》を残しておいたのか……今となっては知りようもないがね。
 話を戻そう。博士が自殺し、十賢者がエタニティースペースに放り込まれたことで、事態は一応の終息を迎えた。ただ、ここにひとつの気になる報告がある」
 レイファスは画面に別の文章を表示させた。画面の上端には大きな文字で『事後報告書』とある。
「それによると、研究所のコンピュータに、ランティス博士とフィリア嬢のものと思われる思考ルーチンの残骸が残っていたのだという」
「思考ルーチン?」
「要するに、人間のもつ思考パターンをコンピュータ上に再現させたものだな。これによってロボットや人工生命体に人格を持たせることも可能になる」
「それがいったい、どうしたってんだ?」
 ボーマンが訊くと、レイファスは操作盤で画面を動かしてから答える。
「ネーデ軍はこういう仮説を立てている。十賢者は最後の一体が未完成だった。そして、その一体も研究所に踏み込んだときには消えていた。つまり、博士は自分と娘の思考ルーチンをそいつに組み込み、完成させてから他の十賢者と同じようにスペースに放り込んだのではないだろうか、と。未完成だった十賢者の名はガブリエル。通称『最終破壊兵器』だ」
「最終、破壊兵器……」
「これがただの偶然と思えるか? 宇宙の破壊を望んだ博士の思考ルーチンが、究極の破壊兵器に組み込まれてしまったというのだ。博士はやはり全宇宙を滅ぼすつもりだったのだよ。自らの手で復讐を遂げるために、自分の分身を送り込んだガブリエルにすべてを託したのだ」
「でも、どうしてフィリアさんの思考まで?」
「さあな。フィリアと一緒にいたいという思いがそうさせたのかもしれん。しかしね、ここからは私の仮説になるのだが……私は、フィリアの存在こそが、エタニティースペースを解除する鍵《キー》だったのではないかと考えているのだよ」
「なんだって?」
 クロードが思わず声を上げた。
「私は以前、いつの時代のものだったかは忘れたが、複数の思考ルーチンを植えつけた人工生命体についての研究論文を読んだことがある。それによれば、複数の思考ルーチンを持った生命体は、何らかの状況や環境の変化によって、絶えず表層的な人格が入れ替わったという。ちょうど人間の多重人格のようにね。しかし、生命体と人間とでは、ある点において決定的に異なる特徴がみられた。すなわち人間の多重人格は、それぞれに別個の人格を持ってはいるが、それが『自我』という殻を破ることはできない。しかし人工生命体は違った。彼の人格──つまり思考ルーチンは、自我はおろか、時間や空間をも超越する能力を持っていたのだ」
「? どういうことですか?」
「たとえば、ある生命体にAとBという思考ルーチンを植えつけたとしよう。それぞれは不定期ながら、交代に生命体の表層意識として表れることになる。仮に、最初にAという意識が表れ、次にB、そしてまたAに戻ったとする。その過程を経たあと、彼にこう質問するのだ『Bの意識が表れていたとき、あなたはどこで何をしていたのか』とね。すると彼は、この部屋で自分を眺めていたと言う。同じようにBの意識のときにも質問してみる。それを何度か繰り返していくうちに、彼らは実にいろいろな場所に出かけていることがわかったのだ。街の大通り、山の頂上、海の上……場所だけではない。過去の出来事を見てきたと言えば、未来の出来事をずばり言い当てることもあった。片方の意識が自我に縛られている間は、もう片方の意識は時間的にも空間的にも自由な存在となっていたのだ」
「つまり、ガブリエルにフィリアの思考ルーチンも入れたのは、彼女の意識をエタニティースペースの外に出し、それを解除させるためだと?」
 エルネストが言うと、レイファスは頷いた。
「恐らくそういうことだろう。時間も空間も超越した存在ならば、エタニティースペースなど何の意味も為さないからな。ガブリエルという『自我』にランティスの意識が縛られている間に、もう片方の意識であるフィリアが、外からスペースを解除したのだろう」
「そこまでして……」
 レナはその後に続く言葉を口にすることができなかった。世界に対する復讐。自分に対する復讐。フィリアの哀しみの意味を、このときようやく理解することができた。
「それで」
 しばしの沈黙を破って、セリーヌ。
「ネーデはそのあと、どうなったんですの?」
「この事件を契機に、周辺の星々が一斉に蜂起を開始した。十賢者との衝突で大半の戦力を失ってしまったネーデ軍にこれを止める手だてはなかった。そこで……そう、ここで出てくるのが、エナジーネーデ移住なのだよ。長年ネーデの正史に疑問を抱いていた私としては、さもありなんという感じだな。自己の能力の封印だと? そんな綺麗事ばかりで自分たちの星を躊躇《ちゅうちょ》なく壊せるものか」
 そう言って、レイファスは自嘲的《じちょうてき》に笑った。どうして笑いだしたのかは、彼らにはわからなかったが。
「エナジーネーデ移住は、いわば隠れ蓑《みの》だったのだよ。周囲をクラス9のエネルギーで覆った人工惑星ならば、外部からの侵入は完全にシャットアウトされる。他星の脅威に怯えることもないわけだ。提案はすみやかに可決され、そしてネーデは破壊された」
「それでも、彼らにしてみれば相当な覚悟だったろう。自らの星を永久に失うのだから」
「本当にそう思うかね?」
 レイファスは嘲《あざけ》るような笑みを残したまま、クロードたちを見渡した。
「彼らは我々が想像する以上に狡猾《こうかつ》な人間のようだ。私にもその血が流れていると考えただけで虫酸が走るほどのね」
「狡猾……?」
「ネーデ破壊に際して、彼らはちゃんと『保険』を用意しておいたのだよ。……それが、四つの宝珠だ」
 クロードたちは息を呑んだ。
「宝珠って、僕らがそれぞれの場で取ってきた、あの宝珠のことですよね」
「あれには、やはり重大な意味が隠されていたのだよ。すなわち、時空転移シールドによる惑星ネーデの復活だ」
「なるほど……そういうことだったのね」
 オペラが唸った。
「星ひとつの時空間転移に必要なエネルギーを四つの宝珠に込めておいてから、彼らはネーデを破壊した。当時はまだ理論でしか証明されてなかった時空転移シールドが実用化されるまで……エナジーネーデはそれまでの期間を凌ぐための、かりそめの隠れ家に過ぎなかったのだ。シールドの実用化に成功した時点で、彼らは惑星ネーデを蘇らせ、再びそこへと戻っていくつもりだった。……しかし、彼らにとって誤算だったのは、シールドの実用化にはそれから三十億年もの歳月がかかってしまったことだ。悠久の年月がネーデ人の悲願を風化させ、宝珠の存在すら忘れ去られて、結局ネーデの復活はならなかった。皮肉なものだな。ネーデの悲願のために残した遺産が、今や君たちの希望となっているのだから」
 言い終えると、レイファスは疲れたように椅子の背にもたれかかり、顔をこちらに向けた。
「これで全部だ。ネーデの上層部は無用な混乱を避けるために情報管制を敷き、十賢者の件に関する資料はことごとく抹消された。そうしてできた歴史の空白部分を埋めるために偽の歴史をでっち上げ、それを正史と思い込ませたりもした。我々は今の今まですっかりそれに騙されていたというわけだな。唯一残されたこのシークレットファイルにしても、軍によって二重三重のプロテクトが施されていた。並大抵の警戒ではない」
「そうまでしても、知られたくなかったわけか……」
 うずたかく積み上がった歴史に押し潰された犠牲者。以前にレイファスはそう表現した。確かにそうかもしれない。十賢者こそ、歴史にないがしろにされた犠牲者なのだろう。
「……さて、次は君たちが決断するときだ」
 と、レイファス。
「この真実を知ってしまっても、まだ彼らに刃を向ける気概があるかね?」
 レナが、仲間たちがいっせいにクロードを見た。それぞれの想いを胸にして。
「戦いますよ」
 クロードは、きっぱりと言った。
「たとえ彼らがどんな存在であったとしても、僕らには僕らの信念があります。それは絶対に曲げられないし、曲げてはいけないんだと思います」
 それが、真実を知った後での彼の覚悟だった。


 ラクアに到着すると、八人はすぐに会議室へと向かった。
「お待ちしておりました」
 ナールは彼らを出迎え、それぞれ席に着かせた。
「十賢者のうち三人は、すでに倒したそうですね」
「ええ……」
 生返事をするクロードに、ナールは首を傾げた。
「どうしました? 何かあったのですか?」
「え、いえ、なんでもありません。少し疲れているだけです」
 ──十賢者の真実を、はたしてナールに話すべきだろうか。
 彼らは悩んだ。そして結局、何も話さない方がいいだろうということになったのだった。ずっと偽のネーデの歴史を信じてきた者にとっては、その事実は容易に受け入れられるものではない。事実を話し、納得してもらうには、あまりにも時間がなさ過ぎた。
「そうですか……。それでは、私の無駄話もそこそこにして、今日のところはゆっくり休んでいただきましょうか。フィーナルへの再突入は、明日の朝に決行します」
「明日、か……そこで、全ての決着がつくのね」
 誰に言うでもなく、オペラが呟いた。他の仲間も言葉にはしなかったものの、あるものは表情を引き締め、あるものは目を細めながら、これまでのこと、そしてこれからのことに想いを馳せているようだった。
「それでは、最後のラクアの夜を、どうぞゆるりとおくつろぎください」

 ナールにはそう言われたものの、実際、くつろげるはずがなかった。すっかり闇に包まれた部屋のベッドに潜り込んでから、レナは数えきれないくらい何度も寝返りを打った。殺してくれと懇願したあの女性のことを、怒りと哀しみに我を忘れ、破滅へと突き進もうとする父親のことを思うたびに、眠気はどんどん遠ざかる。寝返りを打つのにも疲れると、レナは仰向けになって窓から見える半月をぼんやりと眺めた。
 ざぁ……ん。ざざぁ……ん。寄せては返す波の音が、静寂の彼方から彼女を誘うように聞こえてくる。
 どうせここにいたって眠れないのだから。と、レナは掛け布を剥いで起きあがった。海を見に行こう。
 外に出ると、ひんやりした風が頬を掠めていった。昼間は汗ばむくらいに暖かかったのに、夜は随分と冷えこむようだ。強風でくしゃくしゃになった髪を押さえながら、海岸へと降りていく。
 海岸は、ラクアの建物の裏手にある。ごつごつした岩ばかりが続く道を抜けると、いきなり前方に砂浜が広がった。横手には濃紺の海。空を振り仰げば明るい月と、こちらを見つめているように瞬くたくさんの星。夜の海岸は、昼よりもずっと広く大きく、そして深かった。
 レナは靴を脱いで、裸足で乾いた砂浜を歩いた。踝《くるぶし》まで砂に埋まる感触が心地いい。しばらくざくざくと砂を踏みながら歩いていくと、少し先の砂浜にひとつの人影があるのに気づいた。月明かりに照らされた金髪が風に揺れる。膝を投げ出し、両手を砂の地面に突いて、一途に水平線の先を眺めているようだった。
 さらに近づくと、彼もこちらに気づいて振り返った。闇の中で、金髪がはっとするくらい鮮やかに輝いていた。
「やあ、レナ」
 クロードは特に驚いたふうでもなく、軽く声をかけてきた。
「眠れないの?」
「うん、ちょっとね……。クロードも?」
 レナが訊くと、クロードはわずかに首を傾けた。同意とも否定ともとれる仕草だった。
「どうなのかな? 眠れないというより、眠りたくないっていう感じかもしれない」
「なによ、それ」
 レナは彼の横に膝を抱えて座った。クロードはうっすらと笑みを浮かべながら、空を見上げる。
「なんだか、自分でもよくわからないんだ。夢から覚めたら、ここに座っていた、みたいな」
 星がひとつ流れた。半分だけの月は、周りの星に励まされるようにひっそりと世界を照らしている。この月も星もすべてつくりものだということはレナにもわかっていた。でも、そんなことはどうだっていい。自分が思えば月はそこにあるのだし、星は流れるのだ。
「明日のことを考えてるの?」
「ん? まあ、そりゃ、ちょっとは。最後だからね」
 最後。クロードの口からその言葉が出ると、レナは急に不安になった。
「ねえクロード。十賢者と戦うのって、やっぱり恐い?」
 気持ちを紛らすように、レナは思いついた質問をクロードにぶつけてみる。
「恐いよ」
 思いがけず真面目な答えが返ってきたので、レナはどきっとして彼の顔を見た。
「今度だけじゃない。僕はいつだって怯えながら戦ってきた。まだ旅を始めたばかりの頃に、セリーヌさんに怒られたことがあったよね。戦うことに後込《しりご》みしてどうする、って。今の僕だって、あのときと大して変わっちゃいないんだ。戦いに怯え、戦う自分に怯えてきた」
「でも、クロードは強くなったわ。そのことはみんなも認めてるはずよ。ディアスだって」
「それは、みんなのおかげだよ」
 クロードは言った。
「僕の力は、僕ひとりの力じゃない。みんながいたからこそ、僕は強くなれた。みんなが信じてくれたから、僕も信じることができた。きっと、僕ひとりでは何もできなかったと思うよ。ずっと暗闇で、がたがた震えて怯えていただけだったろうな」
「クロード……」
 レナが切ないような表情で見つめていると、不意にクロードがこちらを向いた。
「どうしてそんな顔してるの?」
「……え?」
 きょとんとするレナに、クロードは笑いかけた。
「昔はそうやってひとりで悩んでいた。でもね、この頃思うんだ。そういう『弱さ』もぜんぶ含めたのが、僕自身なんじゃないかって。昔は弱い自分を言い訳にして、逃げてばかりいた。けれど、今はもう、自分に嘘をつくことはやめた。僕は弱い人間だ。だからこそ、みんなと一緒に強くなれた。それが僕なんだ」
「私だって……みんなに、あなたにたくさん勇気をもらったよ」
 レナは自分の膝に視線を落とす。見つめられているうちに、顔が火照ってきたのだ。
「ひとりきりじゃ絶対にくじけていた旅も、みんなといっしょだからここまで来られた。ひとりきりじゃどうにもならないことも、みんながいたからできてしまった。ずっとひとりぼっちだった私には、それがとても嬉しかったの」
「君は決して、ひとりじゃないよ。そのペンダントがある限りね」
「うん……わかってる。あなたが教えてくれたんだよね」
 風がふたりの間を通り過ぎ、後ろの椰子の木を揺らした。レナは横からそっとクロードの身体に腕を回し、片側の頬でその胸のぬくもりを感じながら、囁きかける。
「ありがとう、クロード。あなたが私に勇気をくれた。お母さんの手がかりがなくて、ずっと心細かった私を、あなたは励ましてくれた。ううん、言葉だけじゃない。それよりももっともっと、あなたと私を結びつけてくれるもの……あなたの『想い』が、私をなにより勇気づけてくれた」
「……レナ」
 クロードの手がレナの青い髪に触れる。胸の奥がみるみる熱くなっていくのを彼女は感じた。もう、躊躇わなかった。
「今なら言える……。大好きよ、クロード」
 レナは顔を上げた。クロードの顔が間近にあった。その青く澄んだ瞳をしばらく見つめてから、彼女はゆっくりと目を閉じた。瞼に閉ざされた世界の中で、とくん、とくん、と自分の胸の鼓動ばかりが響いてくる。
 クロードの前髪が額にかかった。そして、唇に彼の感触が伝わる。温かく、優しい口づけだった。
 彼の顔が離れると、レナは目を開けて、もう一度静かに抱きしめた。頭の中はなんだかひどくぼうっとしていた。胸の熱さが頭に伝染してしまったのだろうか。こうして彼に抱かれているだけで、ひどく心地いい。このままいっしょにいたい。ずっとずっと、いつまでも……。
 背中に柔らかい砂の感触があっても、レナがそれに気づくことはなかった。こちらを見つめてくるクロードに微笑みを返し、そこでふたたび唇を交わした。


 波は、暗い海の向こうからいくつもやってくる。それは海岸にたどり着く前に崩れ、ただの塩からい水となって、白い泡とともに砂浜に打ち上げられる。やってきては、崩れて、またやってきては、崩れる。そんな無意味ともとれるような動きを、海は飽きることなく続けているのだ。
 海面に立つ小波《さざなみ》は月の光を受けて、一面に煌《きら》めいている。小さな波が孕むその一粒ひとつぶの光は生命の誕生を思わせた。あのずっと沖にある波もだんだんと大きく膨れ上がり、いつしかこの海岸までやってくる。まるで抗えない運命のように。
 クロードとレナは海岸線に沿って歩いていた。クロードが先を歩いて、その背中をレナが追う。ふたりが歩いたあとには、二組の足跡が湿った地面に点々と残った。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
 レナが声をかける。クロードの歩みがわずかに緩んだ。
「なに?」
「その……この戦いが終わったらのことなんだけど」
 言いながら、レナは少し後悔していた。訊かないほうがよかったかもしれない。
「クロードは、やっぱり自分の星に帰っちゃうの?」
 クロードの足が止まる。しかし、返事はなかった。
「帰っちゃうのね?」
「…………」
 口を閉ざしたまま、下を向くクロード。
「私が引き止めても、いっしょにエクスペルで暮らそうって言っても、だめなの?」
 身じろぎひとつしない彼に、レナはだんだん焦ってきた。はちきれそうな感情を必死にこらえながら、幅の広い肩に手をかけて、額をその背中につける。
「お願い……行かないで。ずっといっしょにいて……」
 レナの声は震えていた。肩にかけた腕も、力なく落ちて何もない空をつかむ。
「……母さんを、ひとりにはしておけないんだ。だから……」
 そう呟いたきり、クロードは口を噤《つぐ》んでしまった。
 波がふたりの足許を洗い、足跡も消していった。



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【ひとくち解説】
 冒頭のガブリエルとフィリアは……ピサロとロザリーですね、ぶっちゃけ。
 十賢者の真実については、こっちで多少、脚色を加えてます。ちょっと強引に結びつけているところもあるけど、とりあえず辻褄を合わせようと頑張りました(笑)
 レナとクロードは相変わらず赤面モノです。何か微妙に怪しい雰囲気だけど、よい子は気にしてはいけません。はい。
posted by むささび at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説SO2
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