2009年01月22日

小説 STAR OCEAN 2 〜 ネーデ編 第四章(2)〈続〉

 眼光ばかりが真紅に輝く両の瞳。背中に担いだ二本の筒のような奇妙な装置。枯木のような全身を覆うのは、皮膚のように身体にぴったりと合った銀と水色の薄いスーツ。そいつはさながら異世界の悪魔だった。ファンシティが夢の楽園ならば、男は楽園に舞い降りたおぞましき悪夢──さしずめ、そんなところだろう。
 ジョフィエルは石畳の広場で殺戮《さつりく》を満喫していた。我先にと逃げ出す者の背をかたっぱしから光線で貫き、逃げきれずに命乞いをする者にも一片の同情も見せず、光弾で焼きつくす。彼にとって殺人は快楽だった。血と肉の焦げる匂いは甘美な陶酔をもたらし、人間どもの阿鼻叫喚は心地よい興奮を喚起させる旋律となるのだ。石畳が血に染まり、累々と屍が積み重なっていくのを見ては、彼はこの世のものとは思えない声色で哄笑《こうしょう》するのだった。
 入り乱れて逃げまどう人々の中、一組の母娘が、男に突き飛ばされて転倒した。不運にもそれがジョフィエルの目にとまった。地面に座りこんでがたがたと震える母娘の前に、さっと死神のごとく降り立つ。
「親ガ死ネバ子ガ悲シム。子ガ死ネバ親ガ悲シム。サテ、ドチラガヨリ悲劇的ナノカ……」
 どちらを先に殺すかで迷っていたジョフィエルに、母親が涙ながらに懇願した。この子だけは助けて。お願い。その腕に抱く子はようやく言葉を覚えたというくらいの幼さで、母もまだ少女と呼べそうなほどの歳だった。
「無理ナ相談ダナ。オレノ目ニ入ッタ人間ハ残ラズ抹殺スル。……ヨシ、決マッタ」
 ジョフィエルが掌から光弾を放った。それは母親の身体を包み込むと凄まじい高温となり、華奢な肉体は無残に灼かれた。服が瞬時に焼失し、皮膚が剥がれ、髪は黒いタールのようにどろどろに溶ける。絶叫を上げた口の中で白い歯が見る間にぼろぼろと抜け落ちる。血と焦げた肉とで赤黒く染まった顔は、もはや先程までの面影は微塵も残されていない。瞼もそげ落ち、むきだしになった眼球ばかりがカッと天に向かって見開かれている。
 得体の知れない肉の塊となってしまった母を、娘はきょとんとして見つめていた。何が起こったのかも理解できない。理解するにはその子は幼すぎた。さっきまで自分を抱いてくれていた母親が、ぶよぶよの赤黒い塊に変わってしまったことへの衝撃。そのあまりに大きく、突然すぎた衝撃に娘は感情すら逸してしまったのだった。
「人間ナンテ、一皮剥イテシマエバコンナモノヨ。ドウダ、コレガオマエノ母親ダ。醜イダロウ?」
 歩み寄るジョフィエルに、娘は笑いかけた。笑ったのだ。摘まれようとする一輪の花がみせる最後の美しさ、そして儚さのように。
「案ズルナ。オ前ハモットマトモナ死体ニシテヤル」
 ジョフィエルが娘の頭に手を置いた、そのとき。
「グェッ!」
 衝撃波がジョフィエルの横から炸裂した。突き飛ばされたジョフィエルは、すぐに起きあがってそちらを見る。衝撃波を放ったのは、水色の長髪を振り乱した男。ディアスだった。
 まだ茫然と地面に座りこんでいる娘を、レナが駆け寄って抱き上げた。セリーヌやボーマンたちも背後からやって来て、ジョフィエルを取り囲む。
「随分と派手にやらかしてくれたな」
 ディアスが言うと、ジョフィエルは口許だけを三日月のかたちに歪ませて、笑った。
「オ前ラ、オレノ楽シミノ邪魔ヲスル気カ?」
「楽しみだって……これが、楽しみだって……?」
 石畳に散乱する骸。立ちこめる死の匂い。レナの腕の中の娘は、まるで別の世界の出来事を見ているように、焦点のずれた瞳でその光景を眺めていた。怒りと深い哀しみに、レナは肩を震わせた。
「……許さない……ぜったい、許さない!」
 仮面に張りついたような笑いを浮かべるジョフィエル。彼らは散開した。
「うおらっ、行くぜ!」
 景気のいい声を発してボーマンが殴りかかった。だがジョフィエルは空中に浮かんであっさりと攻撃を躱した。そして頭上から光弾を叩きつける。慌てて避けるボーマン。光弾は彼が立っていたあたりの床にぶつかり、石畳が真っ赤に溶けて大きな窪みをつくった。
「ひえ……こりゃ、まともに食らったらアウトだな」
 蒸気をあげて黒く固まる地面を目の当たりにすると、ボーマンは背筋に寒いものが走った。
 ジョフィエルは下卑な笑い声を立てながら、空中から次々と光弾を投げつけてきた。彼らは必死になって地面の上を逃げ回る。光弾が地面を貫き、すでに黒焦げになった骸をもふたたび灼くと、あたりは異様な臭気と煙に包まれた。ジョフィエルはその光景を眺めては無碍《むげ》に笑いだす。お気に入りの玩具で遊ぶ無邪気な子供のように。
「ケケケケ、イイゾ。モット苦シメ。ソシテ死ンデシマエ……ン?」
 ジョフィエルの頭上に影が落ちた。見上げると、白昼の陽光を遮って、ディアスが目前で剣を振り上げていた!
「グエェッ!」
 ディアスの剣はジョフィエルの細い右腕を付け根から斬り落とした。そのショックで落下しかかったが、どうにか持ち直して宙に踏みとどまる。そして地面に降り立ったディアスを憎々しげに見返す。
「グオオオォッ!」
 ジョフィエルは半ば逆上しながら光弾を投げつけた。ディアスはそれを躱そうとはせずに、渾身の気合いを込めたケイオスソードでそのまま弾き返してしまった。ジョフィエルは自らが放った光弾を腹に食らい、甲高い悲鳴を上げた。
「ク……クソ……フザケヤガッテ。コノオレヲコンナ目ニ……」
 ジョフィエルの鈍い光沢を放つスーツは高熱で溶けかけ、斬り落とされた腕の付け根からはどす黒い血が流れ出ていた。魔物以外でこのような色をした血を見たのは初めてだった。
 痛みと屈辱とで錯乱したジョフィエルは、手当たり次第に光線を撒き散らし始めた。鋭く放たれた光線は地面や周辺の建物の壁を砕いた。しかし狙いすましたわけではないので、それほど恐くはない。手近に来た光線を確実に避けていって、彼らは隙をうかがった。
 と、不意をついてエルネストが動いた。鞭を大きく振り上げると、その先端が空間に呑みこまれるようにフッと消えた。そして次には遠く離れたジョフィエルのすぐ背後に出現し、その胴体に幾重にも巻きついた。ジョフィエルは藻掻いたが、引きちぎろうとすればするほど鞭は細身の身体をきつく縛りつける。
 エルネストがもう一度鞭を振り上げる動作をした。連動してジョフィエルを縛っている鞭も躍り上がり、彼は空中に舞い上げられ、そして地面に思いきり叩きつけられた。二度、三度としつこく叩きつけているうちに鞭が緩んで、ジョフィエルはなんとか抜け出すことができた。ところが、次にはオペラが放った光弾に襲われる。弾はすぐ手前で破裂し無数の光の筋になると、蜘蛛の糸のようにジョフィエルにぴったりと張りつき、動きを封じた。
「悪いけど、もうちょっとだけ大人しくしてもらうわよ」
 オペラはそう言って、背後を見た。ボーマンも、エルネストも、そのほうを向いた。
 たった今、詠唱を終えたばかりのセリーヌが、そこに立っていた。
「汝を裁くは神聖にして崇高なる十字星座。汚れしその身を浄化するは必定の理」
 何事かわめき散らすジョフィエルに、セリーヌは凛然《りんぜん》と杖を翳《かざ》した。杖の先についた紫の宝玉が激しく輝く。
「サザンクロス!」
 昼間の青空に十字星座が浮かび上がった。それはすぐに形状を崩し、流星となって地上に落ちてきた。七色の尾を曳きながら、まっしぐらにジョフィエルの頭上へと。もちろんそれは実際の隕石ではなかったのだが、想像以上の威力を予感して、彼らは慌ててその場を離れた。
 流星は地面を大きく抉った。土砂と隕石の破片と白い焔が一緒くたになって周囲に飛散する。大地を揺るがす鳴動。鼓膜を突き破りそうなほど物凄い轟音。衝撃の波動はその場を中心としてファンシティを呑みこみ、ネーデ全体をも震撼させた。
 ひとしきり流星が降り注いだ後には、地面に深い擂鉢《すりばち》状の窪みができていた。彼らは窪みの縁に歩み寄る。中心には、細身の男が横たわっていた。服は破れ、ところどころ黒い斑点のような焦げ痕が浮き出て、気味の悪い人形のように打ち捨てられている。息絶えたのかと思った矢先、その片方だけの腕が動いて、身体をのろのろと起こした。
「コンナ……コンナハズデハ……ナゼダ……理解不能……」
 ディアスが窪みの底へと降りていく。その姿を見つけたジョフィエルは、全身を痙攣《けいれん》させておののいた。
「ヒッ……ク、来ルナ!」
 地面に座ったまま、ずるずると後退りするジョフィエル。その前に、ディアスが立った。
「案ずるな。お前はもっとまともな死体にしてやる」
「ヒイイイイィッ!」
 背を向けて逃げ出そうとするジョフィエルの首を、ディアスは無表情のまま斬り落とした。首は彼の足許にゴトリと落ちて、そして胴体とともに消滅した。
 ディアスが窪みから上がってくると、その場所では、レナがあの母親を殺された娘を前に立たせて、話しかけていた。
「ねえ、ママは?」
 娘がそう訊いてきたとき、レナは返す言葉を失った。
「あそこにいるの、ママでしょ。ねえ、どうしちゃったのかな、ママ」
 娘はすでに窪みができて、なくなってしまったはずの地面を指さして、言った。瞳に力はなく、どこか恍惚《こうこつ》としていて、ものを見ている感じではない。あまりにも惨たらしい事実を、娘の意識は受け入れられずに拒絶し、その結果、彼女は光を失ってしまったのだろうか。
 レナは娘を強く抱きしめた。それ以外に、この娘にいったい何がしてやれただろうか。ただひたすら、その小さな身体を抱きとめる。
「レナ……まだ、戦いは終わってない」
「……うん。わかってる」
 レナは娘を放し、立ち上がった。
「ひとまずこの子は、係員に預けてきましょう。……ほら、こっちだよ」
 ノエルは娘を抱えて、街の中央にある建物へと向かっていった。
 その姿を見送ってから、ふと視線を横に向けると、ディアスと目が合った。ほんの少しだけ愁いをにじませた表情が、そこにあった。彼がどんな気持ちであの娘を見ていたのか、レナにはよくわかった。
「みんな、無事か!」
 ちょうどそのとき、闘技場の建物からクロードが駆けつけてきた。
「クロード、あの十賢者は……」
 レナがおずおずと訊ねると、クロードはしっかりと頷き返した。
「ああ。倒したよ」
「よしっ、さすがは俺が見込んだ男だ!」
 ボーマンは興奮気味に拳を振り上げる。
「これでふたり片づけたわけだが……ところで、あとひとりはどこへ行ったんだ?」
「さあ?」
 彼らは耳をすませてみたが、ファンシティの街は不気味なほどに静まりかえっている。逃げきれたものはとっくに避難しており、逃げ遅れたものはこうして物言わぬ骸となり果てているのだから、当然といえば当然なのだが。
「この街にはもういないのか?」
「そういえば、『先程の女を追う』って言ってましたわね」
「女?」
 彼らは顔を見合わせた。女?
「……まさか、ミラージュさん?」
「え?」
 レナの言葉に、クロードは驚いた。仲間たちも怪訝な顔をしている。
「ミラージュさんって、女だったのか?」
「私もずっと男のひとだと思ってたのだけど、もしかしたら……」
「あれが、女?」
 ボーマンが半笑いのような複雑な表情をみせる。
「…………」
 不自然な沈黙がその場に流れた。けれども、今はそれどころではない。いち早く正気に返ったクロードが叫ぶ。
「とっ、とにかく、アームロックだ!」


 彼らはそこでまた、唖然とする羽目になった。宇宙が終わるか否かの瀬戸際には、何が起きても不思議ではなくなるのかもしれない。
 アームロックに着いた一行は、街の人々の目撃情報をもとに、半信半疑のまま、『やまとや』という喫茶店の扉を潜った。そこで、すこぶる珍妙な光景を目にすることになる。
 ミラージュが、十賢者を相手にくだを巻いているのだ。
「だいたいさァ、市長も人使いが荒いんだよ。俺は武器の製作のために二日も徹夜したってのに、礼金もなけりゃ、奴自身も姿を現さねェときたもんだ。いったいアレは何様のつもりだァ?」
 ミラージュは火照った顔を冷ますように水をごくごくと飲んで、グラスの底を机に叩きつけた。向かいの席にはメタトロンと呼ばれていた十賢者が、甲冑をつけたまま居心地の悪そうに座っている。膝丈スカートの女性店員たちは銀色の盆を抱えたまま、取り巻きにそれを眺める。
「う……うむ。よくわかった。ぬしもそれだけ喋れば悔いはないだろう。そろそろ始末させてもらう……」
「あーッ! わかってない! あんた、全然わかってねェよ。いいからそこに座んな」
 席を立ちかけたメタトロンを、ミラージュが無理やり座らせる。彼女の倍近くもある(それもいかめしい鎧兜をつけた)大男が、それに素直に従ってしまうのだから、滑稽を通り越して、気味が悪い。
「あんただって、そのルシフェルとかいう、いけ好かない上役がいるんだろ? だいたい俺たち下々の人間ってのはな、上の連中からすればせいぜい体のいい操り人形か、もしくはチェスの駒だ。その程度にしか思われてないんだよ。あんたもな、そのでっかいオツムに入ってるのが八丁味噌じゃないんなら、考えることはできるだろ。訳もわからないまま上司にこき使われて、それであんたは満足なのかい? ……おっと。何だ、あんたら来てたのか」
 そこでようやく、入口に突っ立っていたクロードたちを見つけた。
「ミラージュさん……何やってるんですか?」
「何やってるように見える?」
 ミラージュは不敵に微笑した。
「……すみません。僕らには理解できそうにもありません……」
 なんだかひどく疲れたように、クロードが言った。
「きっ、貴様ら、なぜここに」
 メタトロンは焦ってがたがたと席を立つ。何やら下手な猿芝居のようである。
「まさか、ザフィケルたちを倒してここまで来たというのか?」
「次はお前の番だ。覚悟しろ」
 クロードは剣を抜いてメタトロンに突きつける。……が、いまいち決まらない。切迫した場面であったはずなのに、ミラージュのおかげですっかり緊張感がなくなってしまった。
「ふっ。愚かな。思い上がりもはなはだしい。奴らを倒していい気になっているようだが、この私がその鼻っ柱をへし折ってやろう」
 メタトロンはそう言うと、窓際の壁に立てかけてあった剣と盾をいそいそと身につけ始める。思わず店員から失笑が洩れる。
「あ〜、ちょっと待った」
 と、ミラージュが突然、口を挟んだ。
「ドンパチは表でやってくれよ。ここは俺も気に入ってる店なんだからさ。……いや、表もまずいな。どうせなら、街から出て何にもない場所でやってくんないかな。俺にも一応近所づきあいってのがあってね。『ミラージュさんの知り合いがうちを壊した』なんて訴えられた日にゃ、俺も荷物まとめてここを出ていかなきゃならんかもしれないわけよ」
「……は、はあ……」
 クロードはメタトロンを見た。兜の目庇《まびさし》のせいで表情は見てとれなかったが、たぶん、情けない顔をしているのだろう。
 宇宙でいちばん強いのは、もしかしたら、彼女かもしれない。

 アームロックから少し離れた見渡しのきく草原で、彼らはメタトロンと対峙した。結局、最後までミラージュの言いなりになってしまったのだから、メタトロンも立つ瀬がない。
「さて……茶番はここまでだ。相容れないものは始末するのみ」
 その茶番をさっきまで演じていたのは誰なんだ、とクロードは内心思った。あえて口にはしなかったが。
「ザフィケルやジョフィエルを倒したその実力、見せてもらおうか!」
 口火はディアスが切った。草原を一陣の疾風のように駆けて相手に斬りかかる。しかし、刃はメタトロンに届く手前で見えない壁に弾かれた。続いてクロードも攻撃を仕掛けたが、やはり壁に阻まれる。エルリアの塔での戦いとまったく同じだった。
「それだけか?」
 メタトロンは泰然とそこに立ったまま、剣を横に薙いだ。跳躍して躱すディアスとクロード。
「そんな。反物質が通用しない?」
 クロードはそこから空破斬をぶつけてみたが、やはり衝撃波はメタトロンの手前で消滅する。
 ノエルがマグナムトルネードを唱えた。メタトロンを中心として大気が渦を巻き、一気に天に向かって流れだした。だが、吹き荒れる暴風の中でも彼の身体はびくともしない。ボーマンが丸薬を投げつけ、オペラが銃を撃ちまくり、エルネストが鞭から電撃を放っても、結果は同じだった。
「それで終わりか?」
 メタトロンは涼しい声色で言った。
「では、次はこちらから行かせてもらうぞ」
 甲冑が動き出した。重装備のくせに動きは恐ろしく俊敏だった。クロードがそれに立ち向かう。片手で軽々と振り回す剣にクロードは翻弄され、受け流すのがやっと。そもそも、あの見えない壁が存在する限り、反撃は無意味なのだ。策もないまま、クロードは怒濤の攻撃を受け止め、躱し、どうにかやり過ごしていく。
「どうすればいいの……。やっぱり、あのひとを倒すことはできないの?」
「いや、そんなことはないね」
 背後から馴染みのある声がして、レナは驚いて振り返った。
「ミラージュさん、いつの間にそこにいたんですか?」
「俺がこんな面白い戦いを見逃すはずがないだろ。勘定を済ませてから、あんたらの後を追ったのさ」
 ミラージュはいつものように飄々と言った。先ほどの絡み口調ではなかったので、レナは少し安心した。
「あいつのガード機能にはタイムリミットがある。恐らくもうちょっとしたら消えるだろう。そこから再び『壁』を作り出すためには、わずかだけどチャージ時間がかかる。狙いどころはそこしかないだろうね」
「どうしてそんなこと知ってるんですか?」
「あいつから直接聞いたんだよ。さっきね」
 ニヤリと笑うミラージュに、レナは呆気にとられた。
「それより、問題なのはそこから先だ。たとえガードが解除《キャンセル》されても、チャージの時間に一気に畳みかけないと、またガードを張られてしまう。『壁』ほど万能じゃないにしても、あの重装備だ。そう簡単にはダメージを与えられないと思うよ」
「『壁』が消えてるわずかな間に、倒さなきゃならない……」
 仲間たちは戦いの渦中にいる。今それができるのは、自分しかいない。レナは決心した。
 彼女はまず、近くにいたディアスに呼びかける。
「ディアス。ぎりぎりまであのひとを引きつけておいて。お願い」
 レナがそんなふうに指示をすることなど初めてのことだったので、ディアスは眉をつり上げたが、すぐに詠唱にかかるレナを見ると、心の中で諒解してメタトロンの許へと駆けていった。
 クロードひとりを集中して標的にしていたメタトロンだったが、そこへ突如ディアスが加わって、動きはいよいよ激しくなった。防戦一方の彼らを翻弄するように剣を振り下ろし、叩きつけ、薙ぎ払う。彼らの攻撃はにべもなくはねつけられ、自分たちはこの『壁』を相手にしているのか、それとも向こうの甲冑の男を相手にしているのか、それすらもわからなくなりそうだった。
 しかしそのとき、ひゅうんと何かが萎《しぼ》むような音が聞こえた。攻撃の手を休めて狼狽えるメタトロン。
「ぬうっ。しまった」
 ディアスはそれを『壁』が消えた音なのだといち早く理解した。受けの型に構えていた剣を翻して勢いよく振り下ろす。刃はメタトロンの大きな盾に阻まれた。それでも、初めて彼の身体に攻撃が当たったのだ。続けてクロードが頭を狙って剣を振る。メタトロンは剣でそれを打ち返し、ディアスも盾で押しのけてから、背後に退いた。
 ちょうどそのとき、レナの詠唱が終わった。右手を広げて天に向かって掲げる。掌に陽の光をめいっぱい浴びさせておいてから、それをグッと握りしめ、振り下ろした。
「スターフレア!」
 メタトロンの真上から、太陽がこぼした欠片《かけら》のような焔の塊がいくつも落ちてきた。その存在を知ることもなく、メタトロンは頭からその焔を浴びた。途端に地獄の業火を思わせる火柱が噴きあがる。絶叫ならぬ絶叫と、火柱の放つ唸りのような音が入り混じって、周囲に轟く。兜が外れ、焔の向こうでもはや顔立ちなど判別ができないほど焦げてしまった頭から、ぎょろりとした眼球がこぼれ落ちて、地面に落ちる前に蒸発した。甲冑が真っ赤に焼けている。その中に入っていたはずの身体はどろどろに溶かされ、眼球と同じように蒸発していく。臑当てが、腰当てが、大きな筒のような鎧が、まるで最初から中には誰も入っていなかったかのように、がらがらと地面に崩れ落ちていく。そこで、ようやく火柱は衰えをみせた。
「へええ。スターフレアかい。やるじゃない、あんた」
 ミラージュが言っても、レナは背を向けたまま、草原に膝をついてうなだれた。
「どうした、疲れたのか?」
「それも……ありますけど」
 レナは上目遣いに、まだ炎上している草原の一角を見た。甲冑も大きく変形して、鉄の塊と化している。これはすべて、自分のやったことなのだ。
「この呪紋は、できるなら使いたくなかったんです。いくら敵でも、あんな恐ろしいことにはしたくないから……」
「敵を殺すのにためらってどうする……って、言いたいとこだけど」
 肩を動かして深々と息をついてから、ミラージュが言った。
「たぶん、あんたはそうやってためらいながら強くなっていく、そういう人間なんだろうね」
 草原を涼しげな風が吹き抜ける。炎は名残惜しいように、鉄の塊をちりちりと焦がしていた。



--
【ひとくち解説】
 ミラージュさん最強伝説。何でこんなことになっちゃったんだろか(;´Д`)
 この回はずっとバトルやってますな。書いてるほうは楽しかったけど、読む側は……どうだったでしょうか。
posted by むささび at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説SO2
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/43514189
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック