2009年01月22日

小説 STAR OCEAN 2 〜 ネーデ編 第四章(2)

   2 仇敵 〜アームロック〜

 西日はとうにスタンドの向こうに沈んだ。後は空も暗くなるばかりだろう。
 ファンシティの古風な闘技場。ラクールのそれを偲《しの》ばせるスタンドには人の気配はない。先程までの喧噪が、風に吹かれて翻る夢の裳裾《もすそ》の切れ端のように、無音の余韻をそこいらに響かせている。スタンドの外から、残っている客の喚声や笑い声や様々な会話が、雲の上から聴く潮騒のように耳をくすぐった。
 この闘技場に彼ら以外の人間がいないのは、何のことはない、ナール市長の命令で係員たちが客を追い払っただけのこと。ファンシティ自体は昼夜を問わず動いている。この時間だけ、闘技場の一切の施設は彼らの貸し切りということになったらしい。
 薄暗がりのフィールドがぱっと白色の光に照らされる。スタンドを取り囲む屋根に設置された照明が点灯したのだ。程なくして、ひとりの男がフィールドの入口から姿を現した。
「みなさんお揃いですか?」
 揃っている、とクロードが答えると、男は堅苦しく頷いた。
「私はこの闘技場の管理責任者です。ナール市長はご自分の業務が忙しくお越しできないとのことなので、私が代わりに説明いたします」
 言いながら、男は掌ぐらいの直方体の箱を取りだした。表面にいくつものボタンが整然と並んでいる。前にクロードが持っていたものと似ている、とレナは思った。
「すでにご存じかもしれませんが、この施設ではヴァーチャルリアリティーで擬似的に魔物を『生み出し』て、参加者に戦わせるというシステムになっております」
「それで、俺たちもここで仮想現実の敵を相手に特訓しろということか」
「ええ。しかし、ただの魔物相手では能率も悪いでしょう。……そこで」
 男が手に持っていた箱のボタンを押す。すると、背後のフィールドが強く光った。何事かと振り返って……彼らは肝を潰した。
 そこには、鮮やかな色の甲冑に身を包んだ大男が立っていた。いっさいの攻撃を弾き返す盾。一振りですべてを粉砕する大剣。見覚えのあるものたちは、無意識のうちに身構えた。そうだ、こいつはエルリアの塔で……。
「それも、ヴァーチャルリアリティーです」
 まったく抑揚のない、事務的な口調の男に、彼らは目を瞬いた。
「これが?」
「ええ。先ほど、みなさんがここで待っている間に、脳にスキャニングをかけさせていただきました。そいつは、あなたがたの記憶にある十賢者をデータにまとめ、実体化させたものです。外見だけでなく、戦闘能力も記憶の範囲で忠実に再現してあります」
「記憶の、十賢者……」
 レナは呟いた。
「みなさんには、これを相手に特訓をしていただきます」
 眉ひとつ動かさずに説明する男に、彼らは複雑な顔をした。
「……こりゃ、もう特訓なんてレベルじゃねぇな」
 と、ボーマンが苦笑する。
「気合い入れてかからないと、ただじゃすまねぇぜ」
「あんたがいちばん気をつけなきゃね」
「にゃにをう」
「それでは、プログラムを開始します」
 男はまるで無頓着に、箱のボタンを押した。甲冑の十賢者が、ゆっくりと動き出した。


 闇黒《あんこく》の廊下を、ルシフェルは一陣の旋風のように軽やかな足取りで歩いていく。笑みの洩れた顔は、絶対的な確信で漲《みなぎ》っていた。
 それもそのはず、三十七億年も前から彼が周到に練り上げてきた計画は、ここまでほぼ思惑通りに進み、ついに最終段階へと到達しようとしていたのだから。こちらの手駒は忠実にその役目を果たし、向こうの手駒も予想以上に働いてくれた。睨み合い、小競り合いを続けてきた両者であったが、いよいよ真正面から衝突するときが来た。機は、熟した。
 ルシフェルの心は抑えようのない歓喜で満ち溢れていた。これが終われば、心おきなく『奴』を始末できる。奴こそが、この自分を縛りつけてきた忌まわしき鎖。永遠と思われた呪縛も、ついに解き放たれるときが来る。そして私は、この宇宙を統べるものとして永遠に君臨するのだ。
 野望などという陳腐なものではない。これは、いわば全宇宙の意志なのだ。
 この私《ルシフェル》こそが、神に選ばれし人間なのだ。
 高揚した気分は、知らぬうちにも綻ぶその表情が物語っていた。
 前方から、誰かがこちらに向かってくる。一歩、また一歩と足を引きずるようにして歩いているのは。
 ──ああ、そうだ。あれこそが私の呪縛だ。前触れなく疼《うず》きだす、目の上の瘤《こぶ》だ。あれが存在するうちは、自分とて檻に入れられた獣に過ぎない。何があっても、奴だけは消さねばならないのだ。
(欠陥品《バグ》が……貴様の阿呆面もこれが見納めだ)
 すれ違うときに、ルシフェルは自分の優越を確かめるように、心の中で貶《けな》した。ところが。
〈欠陥品《バグ》はどちらだ?〉
 その声に、ルシフェルは電撃に打たれたように棒立ちになった。まるで両脚を鉛にされてしまったように。彼は耳を疑った。だが、次の瞬間には、もはやその言葉を、声の主を信じないわけにはいられなかった。
〈欠陥品《バグ》はどちらだ? 創られし子よ〉
 声は、彼を得意の絶頂から奈落に突き落とすには充分すぎる破壊力を秘めていた。先程までの歓喜が、高揚が、優越感が、重々しい一撃のもとに手もなく粉砕される。鎖は、やはりまだそこにあり、自分を縛りつけている。そこから抜け出すことは、永遠に叶わないのだ。奴が存在する限り。
 動かない脚のかわりに、ルシフェルは徐《おもむろ》に首を回して、背後を見た。奴が、にんまりと口を開けて嗤《わら》っている。嘲《あざけ》っているのか。それとも、罵《ののし》っているのか。赤い前髪の奥に隠れた眼光は、あまりにも危険な色に輝いていた。狂気の塊のような嗤いにルシフェルは戦慄し……そして、目を覚ました。
 カッと見開いた瞳に映ったものは、闇の廊下でも、赤髪の男でもなかった。永久に尽きることのない風に吹かれる空間。そこは彼がこの世界で唯一、安息を得られる場所であった。風に属するものである彼にとって、地獄のように吹き荒れる暴風は心地よい音楽であり、柔らかな寝床でもあるのだ。
 ルシフェルは夢の中の光景を追い払うように頭を振り、そして、配下のものを呼んだ。
「ラファエル」
 空間の一部が乱れ、そこに濃緑色のローブに身を包んだものが現れた。ルシフェルはそのものの姿を見ることなく、ただ用事だけを告げた。
「ザフィケル、ジョフィエル、それにメタトロンを呼べ」
 緑のローブは終始無言で、その言葉を諒解できたのかもわからないまま、空間を乱して消えていった。
 急がねばなるまい。ルシフェルは焦っていた。手駒の中でたったひとつだけ、自分の意のままに動かぬものがあることを、彼は忘れていた。そいつのために、自分の計画が台無しにされてしまうわけにはいかない。凡《すべ》てが手遅れになる前に、事を運んでおかなくては。
 そう考えたときに、ルシフェルはようやく気づいた。これは、自らの存在を賭けた戦いなのだということに。創られし子。そして、欠陥品《バグ》。それらの呪縛から逃れるために、自分は鎖の内で藻掻いているに過ぎないのだと。
 ルシフェルは歯を食い縛った。否定しきれないその事実に、必死に抗うように。


 甲冑の大男が剣を振りかぶり、叩きつける。彼らは四方に散開して攻撃の間合いから離れ、一斉に反撃にかかる。鞭が唸り、拳が炸裂する。呪紋で足止めしたところへクロードが斬りかかり、剣を交える。その一瞬、相手の死角を衝いてディアスが敵に向かって跳躍した。すれ違いざまに剣を振るって首筋をひと思いに裂く。兜の目庇を深々と降ろした首が、ごとりと鈍い音をたてて地面に落ちる。そこで、敵は消滅した。
「いいね、上等だよ」
 乾いた拍手の音が聞こえてきた。振り向くと、フィールドの出入り口の階段から、小柄なわりにやけに肉付きのいい人間が上がってきた。ミラージュだ。
「久しぶり……つっても、まだ二日しか経ってないか」
「ミラージュさん、まさか、その剣が……」
 鞘に収まった剣を携えているのに気づいたクロードが、訊いた。
「あァ、そうだよ。こいつが反物質の剣『セイクリッドティア』だ」
 ミラージュは剣を掲げて、彼らによく見えるようにした。金をちりばめた紫の布が巻かれた鞘が、青金石《ラピスラズリ》のように輝く。柄は白銀色の不思議な金属で、鞘に閉ざされた刃の煌めきを洩らすように、鈍く光っている。刀身は長くもなく短くもなく、刃も鞘の大きさから推測すれば細い部類に入るだろう。
「そういえば、結局この剣はクロードとディアスのどちらが使うんですの? 決闘では相討ちだったって聞いてますけど」
「そうか、まだ言ってなかったね。あれが終わったときにはもう腹は決まってたんだけど。悪いね、焦らしてしまって」
「いや……ま、別にそんなに気にしてなかったんですけど」
 クロードのその言葉が本意かどうかは、レナにははかりかねた。
「こいつは、あんたのものだ」
 ミラージュが前に立って剣を差しだした相手は、クロード。彼はわずかばかり瞳に力を込めたが、それ以上に表情の変化はなかった。
「……僕でいいんですか?」
 クロードは慎重に、念を押した。するとミラージュは急に剣をひっこめて。
「なんだい、ずいぶん自信がないんだね。だったらいいよ。こいつはディアスにやるから」
「いや、ちょっと……」
「冗談だよ」
 ミラージュが珍しく愛嬌のある笑顔をみせた。
「剣の腕は互角だった。でも、聞けばちょっと前までは、ディアスに全然かなわなかったという話じゃないか。ディアスの剣技は基本的な部分は既に完成されてるから、技術は上がってもそこから先伸びることはない。ところがあんたは、まだ何ひとつ完成されてないんだ。いい意味でも悪い意味でもね。型にはまってない、と言った方がいいかな。そのぶん、こちらは未知の可能性を秘めている。多少リスキーな選択だが、俺はその可能性に賭けてみたいね。ほらよ」
 クロードはミラージュから剣を手渡されると、周囲の視線を気にしながら、おもむろに抜いてみた。鞘から姿を現した白銀の刃は、想像以上に磨きこまれている。いったんその輝きを目にしてしまうと、しばらくは視線を逸らすことができないほど、圧倒的な風格をもっていた。
「それからレナ、あんたにはこいつを渡しておくよ」
 ミラージュは右手に握っていたものをレナに渡した。
 それは、拳ほどの大きさをした玉石だった。色は夜の闇を閉じこめたような黒だが、光にかざしてみると驚くほど鮮やかな翠《みどり》に変化した。その色合いを他にすれば、それは四つの場で手に入れた宝珠に酷似していた。
「これは?」
「『ヴォイドマター』。前に言っただろ。みんなの武器を反物質化させる『装置』だよ」
「この石が?」
 オペラが意外そうに訊く。なにか別のものを予期していたのだろうか。
「こいつは中心部に紋章力を注ぎ込むことによって、特殊な波動を放つ。それを武器に取りつけた『アンテナ』が受信すると、その武器はそっくりそのまま、反物質となるんだ」
「紋章力を、注ぎ込む?」
「あァ。だからこそ、レナが持っている必要があるのさ」
 レナたちは首を傾げた。ミラージュの話はどうしていつも要点が抜けているのだろう。
「なんだい。みんな、狐につままれたような顔をして」
「いや、その、言ってる意味が……」
「じゃ、実際にやってみようか。レナ、クォドラティック・キーを出して」
「キーって……なんですか?」
「あんたの首からさげてる、ペンダントのことだよ」
「これが?」
 レナは、服の中に仕舞ってあった翡翠色の宝石を取り出した。
「そう。まさしくそれが発動のための鍵《キー》になっているんだ。そいつをヴォイドマターの窪みにセットしてくれ」
「窪み……あ」
 玉石を回してみると、一箇所だけ、小指の先程度の穴が開いているのを見つけた。ちょうど、ペンダントの飾りの型になっているのだ。レナはミラージュにペンダントを見せた覚えはない。なのに、どうしてここまで正確に形を知っているのだろうか?
「単純なことさ」
 そのことを訊ねてみると、ミラージュは淡々と答えてくれた。
「このヴォイドマターを開発したのはリーマ女史なんだ。彼女は発動のために作った鍵《キー》を首にさげて持ち歩いていた。それが、あの事故のときに娘の手に渡ったというわけさ。偶然にもね」
 ──偶然にも。
 そう、自分は多くの偶然によって、今、ここにいるのだ。このあまりにも数奇な邂逅《かいこう》を、レナは運命と呼びたくはなかった。
 言葉にはできない。うまく説明はできないけれど、これだけははっきりと言える。
 みんなと一緒の時間を過ごすことができて、ほんとうによかった。
 そっと、ペンダントの飾りを玉石に填め込んだ。玉石は翠色に明滅を始める。
「それで発動の準備は完了だ。あとはほんの少し、紋章力を注いでやれば波動が発生する」
「どうやるんですか?」
「回復呪紋《ヒール》の要領だよ。手をかざして、包みこむように紋章力を送るんだ」
 レナはアームロックでのサイナードのことを思い出しながら、同じようにやってみた。玉石は光に包まれたかと思うと、いきなり目も眩むほど激しい閃光を放った。ディアスの剣が、ボーマンの籠手が、エルネストの鞭が、オペラのランチャーがその光を浴びると、それらはまるで共鳴するかのように輝きを放つ。一瞬のうちに起こった出来事は、一瞬のうちに収束した。
 目がまだ眩しさの影を残しているうちに、玉石と武器の発光は止まった。
「それで反物質化は終わり。みんなの武器も反物質になってるはずだよ。ちなみに、持続時間は武器によって個体差があるけど、せいぜい数時間程度ってとこだ。放っておくとただの武器に戻ってるから、それだけは気をつけるように」
 ミラージュがそう言うので、彼らはそれぞれの武器を丹念に眺めてみた。
「あんまり、変わったところはないようだが……」
「そうだろうね。なにせよくできたシステムだから。俺もこの技術には驚かされたよ」
 ミラージュはそこで大きく伸びをした。ようやく肩の荷が下りたといったふうに。
「さて、と。それじゃ、そろそろ俺は帰るよ。頑張ってな」
「え? もう帰っちゃうんですか?」
「こう見えても忙しい身なんでね。まァ、いろいろと楽しかったよ。またな」
 振り返り、フィールドの出入り口へと向かっていく。その背中を彼らは見送ったが……途中で足が止まる。
「あ、忘れてた」
 ミラージュは振り返った。
「セイクリッドティアだけど、ひとつだけ注意することがある」
「なんですか?」
「柄の先端に、スイッチがついてるだろ」
 クロードが確認すると、なるほど、柄の先に丸い突起物がついている。
「これは?」
「自爆装置だよ」
「へ?」
 クロードは笑おうとしたが、中途半端なところで顔がひきつってしまった。
「冗談ですよね?」
「いや、それが、当たらずとも遠からずなんだよ」
 と、ミラージュ。
「この前説明したように、刃の反物質は普段は磁場によって固定されてるから、威力もそこそこに制限されている。けれど、そのスイッチを押すと、磁場からすべての反物質を解放できるようになってる。つまり、剣を構成している反物質をまとめて相手にぶつけることができるんだ。これがどういう結果をもたらすかは、前に話したよな」
「……相手も、自分も、剣も、全てが吹き飛ぶ」
「そういうことだ。運がよけりゃ、使用者だけは生き延びるかもしれないが、あまり期待しないほうがいいね。いいかい、こいつは最後の最後、追いつめられたときの切り札だ。できるならこいつの出番がないことを祈るよ。……じゃあな」
 そう言い残して、ミラージュは立ち去った。今度こそ、本当に。

「クロード?」
 レナが呼びかけた。彼はぼうっと剣を眺めている。
「え……なに?」
 ようやく剣から視線を離して、こちらに向ける。
「ミラージュさんの言ったこと、考えてるの?」
 クロードは肯定も否定もせず、また剣に視線を戻してしまった。
「切り札、か……そこまで追いつめられるってのは、どんなときなんだろうな」
「クロード」
 レナが諫めるように、語気強く言った。目を丸くするクロード。
「ダメよ、クロード。そんなこと考えないで。どんなに追いつめられたって、絶対にそれは使っちゃいけないのよ。何が切り札よ。そんなもので勝手に死んじゃうなんて、許さないから。絶対に、ダメだからね」
「……レナ」
 クロードがそっと彼女の腕に手をかけようとしたとき、周囲のぎこちない視線に気づいてハッとする。ふたりを中心にして、いつの間にやら仲間たちが集まっていたのだ。弾かれるようにして背を向けあい、顔を赤くする。
「あー、ゴホン」
 ボーマンがわざとらしく咳払いをする。
「んで、これからどうするんだ? 市長のところに戻るか……」
「せっかくだから、ここで武器の威力を試してみたらどうかな。いきなり本番ってのも不安だろうし」
 まだ頬に赤みが残っているクロードだが、その提案には他の者も請け合った。
「そうね。あたしも試してみたいわ」
「よし。それじゃあ、お願いします」
 スタンドにいる係員に指示を送ると、彼は頷いて手持ちの箱で操作を始めた。すぐにフィールドの中央に強靱な筋肉を剥きだしにした男が現れる。大剣を携え、挑発的な瞳でこちらを見据えている。彼らもそれぞれに身構えて、攻撃のタイミングをはかっていた。
 そのとき、クロードは屋根の上で何かがキラリと光ったのに気づいた。陽光に反射された、刃の輝き。
「みんな離れろっ!」
 クロードが叫んだ。仲間たちが跳び退くのと、目の前の大男が爆発するのとは、ほぼ同時だった。地面に伏せたまま、もうもうと舞い上がる砂埃の先を見極めようとする。
「なに……?」
 そこには、大剣だけが地面に突き刺さっていた。記憶によって創られた十賢者は既に消滅している。彼らはそこで奇妙なことに気づく。なぜ大剣だけが消えずに残っているのだろう? ──いや、違う。この大剣は記憶が創りだしたものではなくて……。
 クロードは天井を睨んだ。太陽の光を背に受けて、剣の持ち主は屋根の上に立っていた。遠目からでもはっきりとわかる、鋼の肉体。しなやかな体躯が空中に躍り上がって、フィールドへと降りてくる。
「そんな……!」
 セリーヌが前方を指さして絶句した。
 ひとりだけではなかった。スタンドの階段を降りてくるのは、もはや見慣れてしまった甲冑の大男。むろん、こちらも仮想現実ではない。さらに空中からは、あのエルリアの塔で見たことのある細身の男が、背中に担いだ筒のような装置から光を噴出させながらゆっくりと降下してきた。
 ──十賢者──!
「面白いことをしているな、貴様ら」
 フィールドに降り立った大男──ザフィケルが、地面に突き刺さった剣を抜いて、片手で軽々と振るった。
「なんなら、この俺が直々に相手してやろうか?」
「お前たち、どうしてここに……」
 狼狽えるクロードに、甲冑の男が歩み寄って。
「全てはルシフェル様のご命令のまま。我らがその真意を知るすべもない」
「人間ハ残ラズ皆殺シ。ソレガ我々ノ目的ダ」
「なんだと?」
 いびつな声をした男は金属の擦れ合うような高笑いをしながら、背中の筒から勢いよく光を噴き出してスタンドの外へと飛んでいった。
「くそっ。待て!」
 クロードが追いかけようとフィールドの出入り口へ向かうが、ザフィケルに呼び止められる。
「貴様らの相手は俺だ。奴を追いたければこの俺を倒すことだな」
「くっ……」
 クロードは振り返り、ザフィケルを睨みつけた。
「ザフィケル、ここはお前に任せた」
 スタンドにいる甲冑の男が言う。
「あ? お前はどこへ行くんだ、メタトロン?」
「先程の女を追う。鼠も放っておけば猫を噛むこともあり得るからな」
 そう言うと、メタトロンは霞がかったように姿を眩ませ、そして消えてしまった。
「ふん。相変わらず神経質な奴だ。まあいい。俺は俺でこの戦いを楽しむまでよ」
 ザフィケルが剣を前に突き出す。その一挙一動が凄まじい威圧感となって、彼らをたじろがせる。早鐘のように鳴る鼓動を抑え、全神経を目の前の敵に集中させる。
「みんな、頼みがある」
 唐突に、クロードが言った。
「ここは僕に任せてほしい。みんなは、さっきの奴を追いかけてくれ」
 仲間たちは怪訝な顔をして、彼を見る。
「まさか、お前ひとりであいつとやり合うつもりか?」
「僕は大丈夫です。これ以上犠牲者を出さないためにも……お願いします」
「無茶だわ」
 オペラがいつになく感情を露わにして咎めた。
「あんた、自分の言ってることがわかってんの?」
「わかってます。けど、こいつは……こいつだけは、僕が倒さなきゃならない相手なんだ」
 構えた剣をザフィケルに向けたまま、クロードが言う。その表情には、彼がこれまで見せたこともないような、鬼気迫るものがあった。
 仲間たちは黙ってクロードを見つめる。説得しようと思えばできるかもしれない。だが、ここで話をこじらせて、意味のない時間を潰すわけにはいかなかった。
「……わかった」
 ボーマンがついに折れた。セリーヌやノエル、エルネストたちも心ならずも承諾した。
「クロード……」
 レナはどうしていいかわからずに、立ちつくしてクロードの背中を見つめた。不意にクロードが振り返って、微笑みかける。
「心配ないよ」
 そのとき、レナは武具大会のときのことを思い出した。ディアスと戦う前にも、彼は今と同じように笑いかけてくれた。安心できる、やさしい笑顔。でも、これは彼の揺るぎない決意の表れなんだということが、レナにもひしひしと感じられた。止めてはいけない。もう、止められない。
「……私はひとりじゃないって、前に、言ってくれたよね」
 レナは言った。
「でも、あなたもひとりじゃないのよ。今もあなたを想うひとがいるってこと、忘れないで」
「ああ。僕はひとりじゃない。君がいる。みんながいる。だから恐くはないし、絶対に死なない」
「約束して」
「約束する」
 そこで、レナも微笑した。そうして振り返ると、仲間たちとともにフィールドの出入り口へと駆けていった。
「まさか貴様が一騎打ちを望むとはな」
 ザフィケルが意外そうに言う。
「その勇気に敬意を表して、仲間は逃がしてやった。まあ、どのみちジョフィエルたちに始末されるのが関の山だろうが」
「どうかな。始末されるのは、もしかしたらお前たちのほうかもしれない」
「ぬかせ」
 ザフィケルが再度大剣を薙いだ。その威力は剣圧だけで周囲の地面が抉れてしまうほど。クロードも顎を引き、毅然と相手を睨みつけてから、両手で剣を握った。
 静寂は時として焦りを生む。だが、このときはむしろクロードの側に余裕があった。間合いを計り、充分に溜めをつくってから、一気に敵に向かって駆け出した。
 クロードが斬りかかる。ザフィケルが大剣を振ってはねつける。衝撃で背後に弾かれたクロードは地面を蹴って跳躍すると、空中から闘気の炎を叩きつけた。ザフィケルは腕で顔を覆って炎の塊を防いだが、予想以上の衝撃に僅かながらよろめいた。その様子を見たクロードは口許をつり上げた。いける。フィーナルでの歴然とした力の差は、ここでは感じられない。
 地面に降り立ったクロードはすぐさま剣を振り上げてザフィケルの許に駆けた。ザフィケルが身構える。しかしクロードは正面から打ち合おうとはせず、相手の目前で横っ跳びに退いて、そこから地面に剣を突き立てた。
「砕け散れッ!」
 ザフィケルの足許の地面が裂け、そこから鋭利な刃のような岩塊がいくつも突き出した。ザフィケルはその体躯のわりに軽い身のこなしで岩塊を躱していく。だが、クロードが地面に剣を残したまま、みずから岩塊の中心に突っ込んできたことには気づかなかった。
 ザフィケルがその気配を察知したときには、既にクロードは目の前まで迫っていた。握りしめた右拳を無防備な胸板めがけて繰り出す。
「流星掌!」
 クロードの小さな拳が、ザフィケルの巨体を突き飛ばす。尻から地面に着地したザフィケルはそのまま蹲《うずくま》った。
 クロードが岩塊から抜け出し、剣を再び握ると息をつく間もなく高々と跳躍した。真下のザフィケルを捕捉し、その頭めがけて振り下ろす。そのとき、ザフィケルの頭がいきなり持ちあがり、こちらを睨んだ! 右手の大剣が唸る。クロードは体勢を大きく崩しながらもどうにか剣を突き出して受け止める。が、二次的に繰り出された衝撃波が突風のようにクロードの身体を吹き飛ばし、彼は壁際に据え付けられた金網を突き破ってスタンドに転がりこんだ。
 膝と腕とを固い地面に突いて噎《む》せ返る。全身が痺れるように痛んだ。だが、痛いと感じるのは、まだ意識がある証拠だ。剣を握り直し、大きく深呼吸してから立ち上がろうとして……そこで左脚に鈍い痛みが走り、がくりと膝をつく。そこだけ力が入らない。見ると、腿の脇のあたりに一筋の切り傷が生じていた。ザフィケルの一撃は完全に受け止めたつもりだったが、振り抜いたときに切っ先が掠めたのだろうか。かなり深い傷だ。骨にまでは達していないが、ぱっくりと裂けた切り口から桃色の肉も見えた気がする。見てはいけない。見たらますます力が入らなくなる。
 クロードは下に着込んでいた黒いシャツの裾を引き裂いて、包帯がわりにそれを腿に巻きつけ、固く縛った。そして、フィールドのザフィケルを睨めつけて、立ち上がる。
「馬鹿が。調子に乗りすぎだ」
 ザフィケルが嘲るように言う。
「ちょこまかと鬱陶しい奴だったが、その傷ではもはやろくに動くことはできまい。観念したらどうだ? 無駄な悪あがきはみっともないぞ」
「悪いけど、僕はそういう美徳は持ち合わせていないんでね」
 クロードがスタンドから降りながら、言った。
「たとえ悪あがきでも、無駄な抵抗だとしても、この身体が動かなくなるまでは剣を振り続ける。それが僕の戦いだ」
「面白い答えだ」
 ザフィケルは満足そうに口許を曲げた。
「よかろう。地獄の入口まではこの俺が案内人だ。悔いの残らぬよう存分に戦うがいい」
「僕は死なない。地獄に落ちるのはお前だ」
「口の減らぬ小僧だな」
 ザフィケルの目つきが変わる。そして、猛然と襲いかかってきた。
 まともに打ち合うのを避けて、クロードは壁づたいに横に退いた。そこで吼竜破をぶつけようと腕を振り上げたが、ザフィケルがもう目の前まで迫っている。脚の怪我を無意識に庇っていては、どうしても強く踏み込めない。そのせいで充分な間合いが取れなかったのだ。剣をひっこめて、容赦なく振り下ろされる大剣を受け止める。クロードは顔をしかめた。この桁外れのパワーと身体能力だ。まともにやり合って勝てる相手ではない。はたして手負いの状態でうまく間合いが取れるだろうか……いや、違う。間合いを取るのではなく、逆に……。
 勝算が見えて、クロードの表情に活力が戻った。すると不思議なことに脚の傷も気にならなくなった。右に左に襲いかかるザフィケルの大剣を受け流しながら、少しずつ間合いを詰めていく。肝心なのはタイミングだ。少しでも時機を誤ればただの自殺行為になってしまう。感づかれないように、じりじりと前に詰め寄る。
 ザフィケルが大きく剣を振り上げた。今だ。クロードは剣を横に寝かせて握ったまま、相手の懐に潜り込んだ。虚空をきる大剣。ザフィケルの動きが止まった。この一瞬に、クロードはすべての力を剣に注ぎ込んだ。呼応するように、セイクリッドティアが燦然と煌《きら》めく。
「鏡面刹ッ!」
 それはまさに刹那の剣技だった。無数の太刀筋が閃光のように迸り、分厚い胸板を、大きくくびれた腹を斬りつけ、抉り、裂いてゆく。噴き出した返り血が彼の金髪を染め上げる。最後に相手の肩口から斜めに袈裟《けさ》斬りを見舞い、そこで怒濤の攻撃は終息した。
 ザフィケルが血を吐いて背中から倒れる。それでも彼はなおも抵抗しようと、地面に転がった大剣に手を伸ばす。が、その手はクロードの足に踏みつけられ、阻まれた。そうして、剣の切っ先を喉元に突きつけられたところで、ようやく彼は敗北を悟った。
「なぜだ……なぜ、俺は敗れた」
「腕の長さと剣の大きさ。それがお前の特徴だった。僕はそれを逆手にとっただけさ」
 まだ激しく息を切らしながら、クロードが。
「リーチが長いということは、それだけ自分の手前がおろそかになる。だから僕は間合いを取るんじゃなくて、逆に懐に飛びこんだ。そこが唯一のお前の死角だったし、弱点だったからだ」
「……なるほど。貴様がそこまで機転をきかせることができようとはな」
 ザフィケルは笑った。実に愉快だといった笑い方だった。
「完敗だ。さあ。止めを刺すがいい」
 クロードは切っ先を喉元から左胸のあたりに動かした。ザフィケルは薄く目を開けたままこちらを見ている。柄を握る手に力を込める。このまま剣を突けば、すべてが終わるのだ。けれど──。
「どうした? この俺が憎いから、わざわざ一騎打ちをけしかけたんだろう。フィーナルでのこともあるしな。父親の仇とやらだったんだろ?」
「勘違いするな」
 クロードは言った。
「僕はもう、憎しみで剣を振るったりはしない。お前と戦ったのは、そんな自分にけじめをつけるため。僕の剣は、敵を倒すためにあるんじゃない。みんなを守るため。大切なみんなを守るために、僕は剣を振り続けるんだ」
「ふん……面白い答えだ」
 ザフィケルはそう言い残して、目を閉じる。クロードは剣を振り上げ、そして振り下ろした。



--
【ひとくち解説】
 またエラーになったので分けます。
 何とかならんか、この字数制限……('A`)
posted by むささび at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説SO2
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/43514190
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック