2009年01月08日

小説 STAR OCEAN 2 〜 ネーデ編 第三章(3)

   3 静かな選択 〜ミーネ洞窟〜

 カーテンの隙間から洩れるやわらかな日射しが、閉ざされた瞼《まぶた》に突き刺さる。瞼を通して橙色の光が目の前いっぱいに広がる。安らかな眠りを邪魔されて、このときばかりは太陽を憎らしく思いながら、彼女はタオルケットに絡みついていた左手を引っこ抜いて、掌で顔を覆った。
 だが、いちど目覚めてしまうと、再び眠りに就くことはなかなかできなかった。仕方なく、右手を伸ばして枕のすぐ横に垂れ下がっていた紐を引っ張る。カーテンがさっと両側に開かれ、太陽の光が彼女の体に容赦なく降りそそいだ。こうでもしないと彼女は一生ベッドにかじりついていそうなのだ。
 そうして、彼女はようやく起きた。そのへんの空気を吸いつくしてしまいそうなほど大きな欠伸《あくび》をし、首の後ろからシャツの下に腕を突っこみ、背中をぼりぼり掻きながら台所へと向かう。艶のない青い髪はぼさぼさに膨れ上がり、顔色も少しやつれたような土気色をしていた。もしこの場に、作法というものを多少は弁《わきま》えた男がいたならば、思わず目を覆いたくなるほどの有様だった。
 床に散らばっていたがらくたを蹴飛ばしながら台所に辿り着くと、蛇口をひねりコップに水を注いで、一気に飲み干した。空のコップを置くと続けて顔を洗い、壁に掛けてあったタオルで拭う。それが終わると寝室に戻り、椅子の背もたれにかかっていた上着を頭からかぶった。彼女はそれまで、薄い袖なしのシャツと下着しか身につけていなかったのだ。
 ベルトを締め、着替えが終わると、髪を項《うなじ》のあたりで束ねて、机に置いてあった銀の髪留めで留めた。するとどうだろう。それまでしどけない女性の身なりだったのが、端正な顔立ちの青年へと変貌したのだ。眉は凛々しくつり上がり、瞳には刃物のような鋭さと力強さがこもっている。胸のふくらみはベージュのスカーフで隠され、小柄ながらがっしりとした体格はおとぎ話のドワーフを連想させた。
 彼、いや彼女は、机の上にあった煙草の箱から一本取りだして口に銜《くわ》えると、金のライターで火をつけた。窓の外の景色を眺めながら、煙草の煙をめいっぱい吸いこみ、肺の隅々まで染みこませてから、吐き出した。体に悪かろうが早死にしようが、この一服のひとときだけはなにがあっても根絶されるべきではないのだ、と彼女は思った。外は朗らかで明るく、道を挟んで向かいの建物の屋根では、猫が丸まって気持ちよさそうにうたた寝をしていた。かぁん、かぁんと金属の鎚《つち》の音が遠くから小波《さざなみ》のように響いてくる。裏路地の職工が気まぐれに武器の製作でも始めたのだろう。
 短くなった煙草を灰皿の底に押しつけてもみ消すと、彼女は部屋を出て玄関に向かった。朝食は隣の喫茶店で済ますのが日課なのだ。セットの軽食をAセットにしようかBセットにしようか考えながら、玄関のドアを開けた。
 太陽の光をじかに浴びてみると、外は汗ばむほどに暖かかった。目を細めて青い空を振り仰ぎ、その澄みきった鮮やかな色を目に焼きつけておいてから、彼女は目と鼻の先の店へと歩いていく。そのとき、道のずっと先で、見覚えのある赤いコートに禿げ上がった額の男が、妙な恰好をした集団をぞろぞろ引き連れて裏路地のほうへと通りがかっていたのだが、それらが彼女の視線に入ることはなかった。
 彼女の朝の、なんでもない日常だった。


 アームロックに戻ってきた一行は、再びナールの先導のもと、狭苦しい路地を抜けた通りを歩いていた。その道は街の中でもわりと明るく、ぽかぽかと春のような陽気に満ちていた。
「これからどこへ行くんですか?」
 クロードが訊くと、ナールは懐にしまってあるデータの記録されたカードに、服の上から触れる。
「このデータの解析を、専門家に依頼するのですよ」
「この街にいるんですか?」
「ええ。多少偏屈で頑迷のきらいはありますが、腕は確かです」
 この口ぶりだと、ナールはその人間のことをよく知っているようだ。
「それで、そのひとに頼めば、十賢者を倒せる武器ができるんですね」
「いえ。それが、このデータが本当に『武器』なのかは、まだ確認が取れていないのです。何かの設計図であることは確かなのですが、詳しいことは博士に解析してもらうまではわかりません」
 ナールは言いながら日溜まりの石畳を歩いていく。呑気な顔をした三毛猫が道の脇で、花に群がる蝶を相手にじゃれあっている。ふと裏路地のほうを振り向くと、そこだけ雨雲がかかったように、もうもうと灰色の煙が舞い上がっていた。
 やがて、ナールは一軒の家の前で立ち止まった。
「ここです」
 それは、この街の中でも宿屋に次いで大きな建物だった。ちょっとした工場くらいの規模はあるかもしれない。立派な煉瓦の煙突。洒落た柑子《こうじ》色の屋根。分厚い石造りのせいだろうか、見た目以上に重々しい感じがする。
 入り口は壁に沿って続く石段を登った先にあった。なんとなく気になったので目を逸らして隣を見ると、そこには真っ白に塗りたくられた木造の家が建っていた。入り口に縞模様の庇《ひさし》がつけられ、『やまとや』という看板が手前に立ててある。どうやら喫茶店らしい。窓にはフリルのついたカーテンが飾られ、店のまわりにはよくもこれだけ育てたものだと感心するくらいのパンジーが色とりどりに咲き乱れている。こうも趣味の違う建物が隣同士に並ばれると、なんだか自分の中にあった協調性という概念が、音をたてて崩れていくような気がした。
 ナールは石段を登り、扉についていたベルを鳴らした。そして、返事を待つことなく中へ入っていく。クロードたちも慌てて入り口を潜る。
 中は外観から想像していたよりもずっと狭く、雑然としていた。ナールは玄関と続きになっている部屋へと入っていくところだった。
 そこは居間のようだったが、混沌をかき混ぜてぶちまけたように散らかっていた。埃のかぶった机。煤けて黒くなったまま放置されている暖炉。壁には何に使うのかよくわからない金属の棒やら刃物が並べられ、床にはがらくたとしか言いようのない塊が、足の踏み場もないほど転がっている。そのがらくたの中心、革張りのソファに、この家の主は横になっていた。
 ナールはそのへんのがらくたをお構いなしに蹴飛ばしつつソファの前まで行き、扉の前で立ちつくすクロードたちを振り返った。
「紹介します。こちらがミラージュ博士」
「紹介なんていいよ」
 寝ころんだまま言ってから、ミラージュは身体を起こしてナールを気怠そうな表情で見た。
「市長。あんたさァ、ちっとは礼儀ってものをわきまえなさいよ。いきなり人の家に押しかけてきて、しかもこんなにゾロゾロと金魚のフンみたいなのを連れて」
「金魚のフン……」
「事前に連絡は入れておいたはずだが」
 ナールがおぼつかなさそうに言うと、ミラージュはわかってる、と何度も頷いた。
「そんなこたァ、わかってる。俺だってちゃんと了解したさ。けど、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、こっちが返事もしないのに勝手に入ってきて、遠慮のかけらもなく押し寄せてきた、あんたの了簡を疑ってるんだ」
「わかった。急いでいたんだ。すまなかった」
 ナールは息巻くミラージュを押しとどめて、うるさそうに言った。どうやらこのふたり、あまり仲がいいというわけではなさそうだ。
「……それで、解析してほしいっていうデータは?」
 こちらにチラリと視線を向けてから、またナールに向き直った。市長は懐からカードを取り出して、ミラージュに手渡した。
「ふーん……」
 ミラージュはそのつるつるに磨かれたカードをつまみ上げて、疑り深く骨董品を鑑定するようにじろじろと眺めた。
「まァいいや。ついて来な」
 不意にそう言って立ち上がると、奥の扉へさっさと歩いていってしまった。飛び石づたいに川でも横断するように、足許のがらくたを身軽に飛び越えて。
「さあ。我々も奥の部屋に」
 ナールは相変わらず無遠慮にがらくたを蹴散らしながら、扉へと向かった。彼が作ってくれた道のおかげで、後に続くクロードたちが足の踏み場に困ることはなかったが。
 奥は研究室になっていた。さっきまでいた居間に比べると、ざっと四倍くらいの広さはある。敷地の半分は巨大な装置群で埋めつくされていた。中央に大きな画面と操作盤。向かって左側には透明な壁で仕切られたケージのような小部屋があり、右側には光沢を放つ金属で造られた炉のようなものも設置されていた。
 ミラージュは操作盤の前に立っていた。カードを手前の差込口《スロット》に挿入し、操作盤を叩く。すると画面に何かの形が浮かび上がった。細身の剣と、黒い玉。
「ほう。こりゃすごい。かなり高度な反物質兵器だな」
「反物質兵器?」
 クロードが怪訝そうに繰り返した。
「どれがですか?」
「画面に映ってるだろ。それだよ」
 黒い画面に浮かび上がる剣を見て、クロードは笑っていいのかどうしようかと複雑に頬をひきつらせた。
「剣、ですよね。これ……」
「剣だね」
 ミラージュはまるで相手にせず、一心不乱に操作盤を叩いている。
「あの、これが、反物質兵器なんですか?」
「あ〜あ〜。ちょっと待ってな。説明は後でまとめてするから」
 そうやって軽くあしらわれてしまったので、クロードも仕方なく黙って操作を見守るしかなかった。
 画面が猫の目のように次々と切り替わる。剣が横から、下から、さまざまな角度で映し出される。それの説明らしき文字も画面いっぱいにびっしり表示されていたが、文字が細かいのと内容がまるで理解できないのとで、文字というより何かの模様のように見えた。
「さて、何が聞きたい?」
 一通り操作が終わり、ミラージュはこちらに向き直って、肩をすくめた。
「反物質をあんな剣の形にできるものなんですか? 空間上に安定させることでさえ難しいというのに」
「確かにね。陽電子や反陽子などの反粒子は実空間上での存在は非常に短い時間に限られている。けれど、ここではそれを可能にしている。どうやるかわかるかい?」
 首を横に振ると、ミラージュはなぜか嬉しそうにニッと笑った。
「磁場を入れ子にして、それぞれ反粒子、反原子、反物質をくるむんだ。こうすることで、物質とほとんど変わることのない状態で空間に存在することができる」
「ち、ちょっと待って。待ってくださいな」
 と、慌ててセリーヌが口を挟んだ。
「もう少し、わたくしたちにもわかるように説明できないんですの?」
「そうだなァ。じゃ、長くなるけどはじめから説明してやるか」
 ミラージュはひとつ息をついてから、話を始めた。
「この世界に存在する全てのものは、『原子』っていうごくごく小さな粒でできている。この装置もこの家も、俺もあんたたちも花や木や動物や金魚のフンでさえも、どんなものだって突き詰めていけば、最後は原子になるんだ。『物質』ってのは、言ってしまえば『原子の集合体』ってことだね。
 んで、原子がこの世界を構成する最小単位かっていうと、そういうわけでもない。原子もやっぱり、もっとちっこい粒によって構成されてるんだ。それを一般に『粒子』と呼んでいる。電子や陽子、中性子って呼ばれてるものが主な粒子だ。ただ、陽子と中性子はさらに三つのクォークから成り立ってるんだが、そこまで話をするとややこしくなるからやめておく。とにかく、物質─原子─粒子の順で構成単位が小さくなっていくということだけわかればいい。ここまではいいな?」
 レナとセリーヌが同時に頷いた。
「さて、面白いことに、この宇宙が始まったときには、粒子の他に『反粒子』というものが生まれたとされてる。反粒子はそれに対応する粒子と基本的性質は同じで、電気的な性質……これを『電荷』っていうんだが……これだけが反対なんだ。たとえば、『電子』っていう粒子がある。これに対応するのが『陽電子』だ。電子と陽電子は電荷が逆である以外は全く同じ性質を持つ。同様にして陽子と反陽子、中間子と反中間子なんてのもある。すべての粒子には対応する反粒子があるんだ。ところが、この世界は何もかもが粒子で構成され、反粒子は存在しない。なぜだかわかるかい?」
 今度はふたりとも首を横に振った。
「粒子と反粒子は、互いにぶつかると対消滅という現象が起こる。光エネルギーとなって無くなってしまうんだ。こいつのおかげで、反粒子はこの世界から完全に姿を消してしまった。同じように消滅したのに粒子だけが残った理由については、粒子の数が反粒子より多かったからだとかCP対称性の破れが原因だとか言われてるが、ここでは関係ないから省略していいな。ともかく、反粒子はこの世界から消えた。だが、粒子と反粒子が衝突するときに生じるエネルギーは莫大なものだ。核兵器に飽き足らなくなった傲慢な人間は次に、反粒子を人工的に作り、粒子と衝突させて取り出したエネルギーを兵器に活用することを考えだした。これがいわゆる『反物質兵器』の原理だ」
「そんなに凄いエネルギーですの? 紋章術よりも?」
「紋章術では原則として自然現象を前提としたエネルギーしか生み出せない。炎とか雷とか、そういうやつだな。まァ崩壊紋章みたく、紋章力の媒体であるクォドラティック・スフィアと連動して無尽蔵にエネルギーを増幅させるようなモノも時として生まれたりするが、それはあくまで例外中の例外。異種と考えてもいい。そういうのを除けば、粒子と反粒子の対消滅がもたらすエネルギーは、紋章力の比じゃない。……そうだな。たとえば」
 と、ミラージュは足許に転がっていた、小指の先ほどの小さなねじをふたつ拾い上げ、それぞれ右手と左手につまんで、皆に示した。
「こっちが物質。こっちが反物質だとしよう。……ああ、『反物質』ってのはもちろん、反粒子で構成された反原子の集合体のことだ。で、こんなちっこいもの同士でも、こうやって(と、ねじ山の部分をかち合わせて)ぶつかりあっただけで、二億リットルもの水を一瞬にして沸騰させることができるぐらいのエネルギーを取り出すことができるんだ。これが、もっと大きいもの同士の反応だとどうなるか、考えたくもないだろ?」
 レナは神妙に頷いた。そういえばフィーナルの十賢者たちも、陽電子とか反陽子とか言っていた。画面いっぱいに吹き荒れた光の奔流。あれが反物質兵器の威力なのだと考えると、その恐ろしさはよく実感できた。
 フィーナルでのことを回顧しているうちに、ふと、光に呑まれて粉々になってゆく乗り物とクロードの父親のことを思い出してしまった。横目でそっとクロードの顔を盗み見する。彼は今、いったいどういう気持ちでこの話を聞いているのだろう。
「反物質兵器の大まかな原理については理解できたね。これでやっと、最初の話に戻すことができるんだが……要するに、この剣の刃は反物質でできている。反物質を空間に安定させるのは非常に難しいんだが、さっき言ったように、ここでは磁場という特殊な力でもってそれを解決している。反物質である刃が物質に触れたとき、そこに生じるエネルギーが相手を砕く力となる。いくら十賢者の防御が強固だとしても、これには耐えきれないだろう」
「でも、反物質は物質に触れたら消えるんだろう? そんなんだったら、一回敵を斬っただけで刃がなくなっちまうんじゃないのか?」
「それに、そんな凄いエネルギーだったら、剣を持っているほうもただで済むとは思えませんけど」
「いーい質問だねェ、あんたたち。でも順番にしてな」
 ボーマンとセリーヌの問いかけに、ミラージュはますます嬉しそうに口許を綻ばせる。まさに生徒の質問に答える教師といった感じだ。
「まず対消滅についてだが、実はこれにはからくりがある。物質と反物質が反応して光エネルギーとなった後、今度は『消滅の逆反応』という現象が起きる。つまり、できたばかりの光エネルギーはすぐにまた物質と反物質の対に変換されるんだ。この剣はその反物質だけを吸収して元の形状に修復する仕組みが施されている。それは本当に短い時間だから、刃が壊れて元に戻る推移を肉眼で観察するのは不可能だけどね。
 それから剣から生じるエネルギーだけど、これも磁場によって、持ち主に危険がない程度に抑制されている。ついでに言うなら、ふだんは磁場によってコーティングされてるから、刃の腹に触るぐらいはまったく問題ない。ただし物打(刃の両端の鋭い部分)は駄目だ。そこに物質が触れるとそれがスイッチとなって、ごく少量の反粒子が放出されるようになってるからね。さっきも言ったけど、この反応では少量でも膨大なエネルギーが発生する。刃の先のほんのちょっとの粒子でも、敵を砕くには充分なのさ」
 ミラージュの長々とした解説が終わると、部屋の中は急に静かになった。唸るような装置の音ばかりが足許から響いてくる。
「それで、今からすぐ製作に取りかかってくれるんだな?」
 ナールが言うと、ミラージュはあっさりと首を横に振った。
「いや、無理だね」
「なんだと?」
 と、眉根を寄せるナール。
「話が違うじゃないか」
「材料が足りないんだよ」
 そう言って、ミラージュは画面を振り返る。
「これにはレアメタルが必要だね。反物質を空間に安定させる磁場を持っているのは、あの金属だけだ」
「レアメタルといえば……バーク人の構成物質か」
「そう。しかもこれは高純度のレアメタルを必要としている。最深部にいる『長老』でも倒さないことには、手に入らないね」
「なんだかよくわかんないけど」
 と、オペラ。
「材料が足んないのなら、あたしたちが採ってくるわよ。こういうのは何度も経験してるから」
「いえ。それが、そう簡単なことではないのです」
 ナールが複雑な表情をみせる。
「この街から西の小島に、ミーネ洞窟という場所があります。そこには惑星バークから移植された鉱床があり、バーク人という鉱物人種が棲んでいます」
「鉱物人種?」
「早い話が、バーク人自体がレアメタルだってことさ。より強力なバーク人ほど、純度の高いレアメタルなんだ。……つまり」
「そのバーク人ってのを倒さないことには、レアメタルも手に入らないということか」
 エルネストが総括した。同時にレナの表情が険しくなる。
「その通り。ただし、奴らも命がかかってるとあらば、必死に抵抗してくるだろう。しかもここで必要としているのは『長老』クラスのバーク人《レアメタル》だ。下手すりゃ十賢者より強いかもよ」
「でも、それがないと武器は作れないんでしょう。だったら……」
「私たちの都合でそのひとたちを殺す権利なんて、あるんですか」
 クロードの言葉を押しとどめて、レナが語気強く言った。その場が、急にしんと静まりかえった。
 ミラージュはしばらく無表情でレナの顔を眺めた。そして、ゆっくりと口を開く。
「お嬢さん、若いね。まァ当然か」
 揶揄するような言葉にレナはますます視線を厳しくする。ほとんど怒っているようだった。
「確かにね、あんたの言うことは正しいよ。バーク人には権利というものが与えられてない。彼らはただ、採掘されるだけなんだ。そんなのは不公平だね。でも、だったらあんたはどうするつもりなんだい? 武器がなけりゃ、十賢者とだってまともに戦えないんだろう。バーク人が可哀相だからって、あんたの故郷も全宇宙も、すべて捨ててしまうのかい? バーク人をとるのか、故郷をとるのか、あんたはどっちを選ぶんだい?」
「そんな、残酷な選択……できません」
「するんだよ。しなきゃなんないんだ。ヒトってのはね、選択をすることによって前に進んでいく生き物なんだよ。ときには静かに。ときには残酷にね。それができないんなら、人間なんてやめちまいな」
「ミラージュ!」
 ナールが怒鳴った。クロードたちは目を丸くして彼を見た。ナールの怒った姿を見るのは、これが初めてのことだった。
「あ……ん? 言いすぎたのか。……悪かったね」
 ミラージュは眉間に皺をつくり、首を傾げて頭を掻いた。レナは下を向いたまま、肩を震わせている。
「気にすることはありませんよ、レナさん。あなたの優しさは我々にはない、大きな力です。それに従って行動することは、決して間違いではありません。……しかし、どうかここは堪えてほしいのです。人間には、誤った行為とわかっていても、それを為さずには乗り越えられない場合もあります。あなたのエクスペルのためにも、今だけはその優しさを抑えていてほしいのです」
「……はい」
 レナは蚊の鳴くような声で、返事をした。
「ミーネ洞窟にはトランスポートがない。一度セントラルシティに戻って、サイナードで行くことだね。方角は、ちょうど真東だ」
 ミラージュは視線をそらすように画面に目を向けながら、言った。
「それじゃあ、行こうか」
 と、クロードが仲間を促して部屋を出ていこうとした、そのとき。
「あ、忘れてた」
 背後でミラージュが声を上げた。
「ちょっと聞くけど、この中で剣を扱えるのは、どいつだい?」
「え? それは、僕と……」
 言いながら、クロードはディアスに目を向ける。ミラージュはそれで諒解したようだ。
「ふたりか。それじゃ、あんたたちは別行動だ」
「どういうことですか?」
 クロードが訊くと、ミラージュは画面に映っている剣を指さして。
「この『剣』を、どちらが使うかを決めなきゃならない。時間的にも技術的にも、作れるのは一本が限度だからね。これから俺の前でふたりに戦ってもらって、その結果をもとに俺が判断する。この『剣』に相応しい人間を、ね」
 クロードとディアスは複雑そうに顔を見合わせた。レナもふたりを交互に見て、胸の前で左手をギュッと握りしめた。
「でも、僕らが抜けたら、ミーネ洞窟のほうが……」
「心配いらねぇよ」
 ボーマンが言った。
「鉱石を採ってくるくらい、俺たちだけで充分さ」
「バーク人ってのがいくら強いって言っても、十賢者とやり合うわけじゃないんだからね。大丈夫よ」
「わたくしの呪紋があれば、どんな敵だってイチコロですわ」
 オペラが、セリーヌが言い募る。ノエルとエルネストも無言のまま、心配ないと目配せした。
「みんな……約束してくれるかい」
 クロードが、仲間たちを見渡してから、言った。
「必ず、戻ってきてくれるって」
「当ったり前よ。俺はこんな場所でくたばるわけにはいかねぇんだ。ニーネの顔をもう一度見るまでは、死んでたまるか」
 涼しい顔で、ボーマンが言う。クロードの表情から微笑が洩れた。
「それじゃ」
 と、ミラージュ。
「俺たちはどこか広い場所に移動しよう。こんな街中でチャンバラやられても迷惑だからな。……市長。どこかいい場所ない?」
「ファンシティの闘技場を使えばいい。今日は休園日のはずだから、誰も使ってはいまい」
「いいね。上等だよ」
 ミラージュはひゅうっ、と掠れるような口笛を鳴らした。
「あの」
 そのとき、レナがナールに申し出た。
「私もクロードたちのほうにいて、いいですか?」
 クロードとディアスが再び剣を交えるのだ。この場には自分がいなくてはいけない。レナの中の漠然とした気持ちは、決意へと変わっていた。
 それに、彼女の中ではまだバーク人のことが割り切れないでいた。洞窟に同行したら、またみんなの邪魔をしてしまうかもしれない。ノースシティでのサイナードのときのように。
 ナールは少しの間考えていたが、やがて静かに頷く。
「そうですね。彼らが怪我でもしたときに、治療のできるあなたがいてくれると助かります」
「ありがとうございます」
 レナはナールに礼を言ってから、仲間たちには謝った。彼らも快く承諾した。
「いいってことよ。色々あった後だしな。ゆっくり休んでくれや」
「サイナードのことは心配ありませんよ。僕にもずいぶん慣れてきていますから」
「あいつらには監視役も必要だろうからな。レナが適任だろう」
「剣を持つと見境なくなっちゃうからねぇ、ふたりとも。レナ、危ないと思ったらあなたが止めるのよ」
 それぞれに言葉を残して、五人はミラージュの家を出ていった。
「さて、俺たちも行くとするか」
 ミラージュが、やけに楽しそうに言った。まるで剣技の試合でも観に行くみたいに。ナールがひそかに、けれど深々と、嘆息した。


 スタンドは、音という音を吸いつくしてしまったかのように、静まりかえっていた。観衆のいない闘技場。その中央のフィールドに、ふたりの剣士が対峙している。
「準備はいいね?」
 ミラージュの声が余韻を残しながら闘技場の隅々まで響き渡る。ナールとレナも、スタンドの最前列でふたりを見守っている。
 過去《むかし》に逆戻りしてしまったようだった。ほんの数ヶ月前、ふたりは今と同じように、闘技場の中央で向きあっていた。圧倒するディアスに、クロードは傷つきながらも何度も立ち上がる。腹を裂かれ、服が血で染まっても、彼は歯を食いしばって剣を構えた。あのときの表情を、レナは今でもはっきりと思い描くことができる。
 まさか、またふたりが剣を交えることになろうとは。
 レナは不安だった。けれど、あのときに比べれば、ずいぶん落ち着いているのだろうと思う。その証拠に、ふとしたことから彼女の脳裏には、これまでの旅のことが次々と浮かび上がってきた。クロードと出会ったこと。大切な仲間と出会ったこと。みんなで喜んだり、ときに怒ったり、悲しんだりもした。楽しいことも、危険な目に遭ったことも数知れず。いろいろな想い出が、まるで子供の頃に遊んだおもちゃの箱をひっくり返したように、彼女のこころに流れこんでくる。
「それじゃ、始めてくれ」
 ミラージュが言うと、クロードは剣を抜いた。ディアスはいつものように無防備に立ちつくしたまま。そして、同時に斬りかかった。


「そうですわね。最初に会ったときは、間の抜けたというか、やけに間延びした子だと思いましたわ。田舎育ちだったせいかしらね」
 青黒い光を放つ洞窟の中は、数えきれないほどの鉱石人間で埋めつくされていた。セリーヌはサンダーストームを放って群れを分断する。
「頼りないクロードと一緒で、それはそれは危なっかしい二人組でしたわね。とてもじゃないけど、あの子たちだけで旅なんて続けさせられないから、わたくしも同行することになったんですけど……でも、そのうちに、だんだんとわかってきましたわ。あの子は、ほんとうに優しくて、それでいて芯の強い子だってことが。クリスとわたくしを引き逢わせてくれたり、諦めかけたわたくしを励ましてくれたり……ああ、そう、あのときのことは本気で感謝してますわ。最高のひとときを、ありがとうね」
 イラプションが鉱石男たちを吹き上げ、焼きつくした。空中で砕けて炭となった鉱物の塊が不吉な雹《ひょう》のように降り注ぐ。

「初対面は山岳宮殿、だったわね。あのときはエルを探すのに必死だったし、地球人のクロードがいたことにびっくりしてたから、あんまりあの子のことは気にしてなかったけど」
 オペラは立て続けにランチャーから光弾を放つ。動きの鈍い鉱石男は光の銃弾に腕を砕かれ、腹を貫かれ、瓦礫のように床に崩れ落ちる。
「でも、なんか視線が痛いのよね。クロードと話してると、鋭い目つきでこっちを睨んでるのよ。まあ、そのへんは女の勘ってやつで、すぐにこの子がクロードのことを好きなんだなってわかったけど。なのに、旅に加わってそれとなく観察してみたら、クロードはクロードでニブちんだし、レナも自分がクロードを好きだってことに気づいてなかったみたいで、見てるこっちがイライラするぐらいだったけどね。……ま、今はたぶん、ふたりともわかりあってるんだと思う。クロードも大事にしてあげなきゃダメね。あんないい子、滅多にいないんだから」
 集団で押し寄せてきた鉱石男たちを見ると、素早くカートリッジを取り替え、銃口をそちらに向けた。すさまじい冷気が噴き出し、鉱石男をあっという間に氷の彫像へと変えていく。

「俺が最初に会ったのは、図書館の中だったか。大学を案内して、講義を受けて……。どこか他の女の子と違って、一歩か二歩ぐらいズレてるような子だったが、一途に大学に憧れる姿は、この俺から見ても可愛かったな」
 ボーマンは襲いかかってくる鉱石男を、闘気を込めた拳で殴りつけた。腹をえぐられた鉱石男は前のめりに倒れる。
「ああ、そうだな。あのときは冗談のつもりだったけど、今思うと本気で惚れたんだろうな。なんつうか……あいつ、昔のニーネにそっくりだったんだよ。青い髪も、仕草や笑い方も、少しズレたような性格も、俺の記憶にあった、かつてのニーネそのものだったんだ。だから、どうにもほっとけなくてね。あのクロードの若造ごときに任せてらんねぇから、あいつらの旅につき合うことになっちまったんだが……。はは。ニーネにこんなこと言ったら、妬かれるかな。……いや。たぶん『あなたらしい』って、笑うだけだろうな」
 ひっきりなしにやって来る鉱石男に、得意の丸薬を手当たり次第に投げつける。頭が吹き飛び、脚がもげて頽れる。

「特殊な能力というのは、ある種の『業』のようなものなのかもしれないな」
 エルネストが鞭を振り回し、勢いをつけて地面に叩きつけると、砂塵を巻き上げて竜巻が発生した。竜巻はみるみるうちに膨れ上がり、進路にいた鉱石男たちをことごとく吹き飛ばす。
「俺も彼女の回復呪紋に助けられたわけだが……あの治癒の能力は、時として自らを危険に晒す恐れもある。俺はラクールの前線基地でそのことを教えた。あの子は一応はわかってくれたみたいだが、どこか納得しきれていないようでもあった。理屈だけでは自分の気持ちを割り切ることができなかったのかもしれないな。恐らく、あの能力に目覚めてから彼女は、ずっと自分の特殊な力と向き合い、戦ってきたんだろう。誰かを救う力。それは同時に、誰かを捨てる力でもある。救うことのできなかった者を目の当たりにするたびに、あの子は自分の能力を呪ったことだろう。この『業』は、まだ若い女性の身にはいささか荷が重すぎる。俺たちが支えてやる必要がある」
 鞭が生き物のように鋭く伸びる。先端から電撃が迸り、いくつかに分岐しながら相手に向かっていく。電撃に触れた鉱石男は躯の中心から爆発するように砕け散った。

「初めて顔をよく見たときに、不思議な感じのする子だと思ったんです」
 ノエルは腕をつきだしてソニックセイバーを放つ。真空の刃が鉱石男の腹を突き抜ける。まっぷたつに分断された鉱石の塊が音をたてて床に落ちた。
「どこか僕たちと違う雰囲気があったんです。僕たちネーデ人にはない、それとも、ネーデ人が失った何かを持っているような……その答えは、紅水晶の洞窟で見つかりましたけど。戦うことでしか従わせる術のないサイナードを、包みこむような優しさで従わせてしまった。いや、この場合『従わせる』って言葉は適当じゃないかもしれないね。彼女には、他の人間や動物たちの痛みや悲しみや苦しみを共有して、分かちあう力がある。もともとこれは誰にだってある力なんです。ネーデ人は永い進化の果てにその力を永遠に失ってしまった。でも、彼女はエクスペルで過ごすことによって、その力をより強いかたちで呼び覚ますことができたんだと思います。それが、市長の言っていた『我々にない優しさ』です。市長も気づいたんでしょう。ネーデ人の進化における最大の過ちは、この『優しさ』の欠落だということが」
 狭い通路にひしめく鉱石男に向かって、ノエルはフェーンを唱えた。高熱の突風が岩石の肌を灼き、ひび割れ、無数の砂粒となって通路の奥に吹き飛んでいった。

 通路を塞いでいた鉱石男を全て片付けると、奥の部屋がよく見えるようになった。天井の岩盤の隙間から光が降り注ぎ、鉱物の混じった岩を神秘的に輝かせる。
「ここが最深部のようだな」
 エルネストが部屋に踏み入る。と、奥の壁際の岩が、突如としてうつろな両眼を開いた。ぎろりと侵入者を睨みつけ、威嚇する。
「なっ……!」
「まさか……こいつが?」


 剣と剣が交わると閃光が迸った。突き飛ばされたクロードは膝をつき、ディアスは背後によろめいた。両者ともに激しく息をきらせ、身体には無数の切り傷が生じていた。剣はもはやろくに人など斬ることができないほど刃毀《はこぼ》れしている。しかも、それはただの剣ではなかった。ミラージュが自分の傑作だといって手渡した、ネーデにおいて最強の名を冠せられた剣なのだ。それが、この激しい戦いのうちにみるみる破損し、壊れていく。だがミラージュはむしろ、そのことにひどく興奮しているようだった。拳を握りしめ、額に汗を浮かべてふたりの立ち回りに魅入っている。
 クロードは立ち上がり、肩で息をついて、なまくらと化した剣を構えた。ディアスももはや剣を収めることを忘れるほど疲弊していた。どちらも限界が近づいている。
 ディアスが空破斬を放った。クロードも空破斬を返す。ぶつかりあう衝撃波に紛れてディアスがクロードに斬りかかる。クロードは剣を交えるのを避けて、後退しながら気功掌を飛ばした。ディアスは瘴気を込めた剣でそれを真っ直ぐ弾き返す。闘気の塊がそのままクロードに向かっていく。跳躍してそれを躱すクロード。ディアスも高々と跳躍し、クロードのさらに上空から急襲する。振り下ろされる剣にクロードは剣を突き出して受け止めた。閃光。弾き飛ばされたクロードは背中から落下していったが、寸前で身を翻して地面に着地した。そして上空のディアスを仰ぐ。
「これで終いだ、クロード。この俺の最大の奥義、その身にしっかりと焼きつけておけ」
 ディアスが剣を掲げた。剣から炎が噴き上がり、刃を包み込む。まるで剣そのものが変化したかのように、真紅の炎が鳥の姿を成した。それを見たクロードもすかさず掌を天に翳《かざ》した。右腕に闘気が集中する。
「朱雀衝撃破!」
「吼竜破ッ!」
 朱《あけ》の鳥と闘気の竜が正面からぶつかり合う。クロードの竜は、前に見たときよりも格段に大きくなっていた。──成長している?
 炎と闘気がふたりの中心で炸裂した。その余波を食らったのは、空中にいたディアス。烈風に巻き上げられ、地面には辛うじて着地したものの、体勢が崩れて片膝をつく。そして前を向き──目を見開いた。
 クロードが猛然と斬りかかってきていたのだ。
 立ち上がって剣を構え直す余裕はない。膝をついたまま右手の剣に瘴気を込め、目の前まで来たクロードに向かって、振るった。クロードの剣がディアスの肩を裂き、ディアスの剣がクロードの腹をえぐった。そうして、ふたりは折り重なるようにして倒れた。
「クロード! ディアス!」
 レナはすぐさまフィールドの入り口へと駆けていく。
「あーあ、相討ちか。まァいいや。ずいぶん楽しめたからね」
「ミラージュ」
 隣にいたナールが咎めるように言っても、ミラージュは飄々《ひょうひょう》としたもので、懐から煙草を取り出して金のライターで火をつけた。
「そういや市長。崩壊紋章のことだけど」
「打開策が見つかったのか?」
 ナールが身を乗り出した。ミラージュは煙草を吹かして、フィールドのふたりに目を向けながら。
「あァ。いったん発動した紋章を止めることは不可能だ。できるのはその発動対象をずらすことだけ。なら、方法はひとつしかないだろう」
「どういうことだ?」
 ナールが訊くと、ミラージュは煙草を銜《くわ》えたまま、ニッと笑った。
 フィールドでは、クロードとディアスが並んで仰向けになっていた。クロードは腹から、ディアスは肩口から止めどなく血が流れ出ている。にもかかわらず、ふたりの表情には笑顔すらこぼれていた。まるで遊び疲れて草原に寝そべった少年たちのように。
「おい。ディアス」
 クロードが空を向いたまま、呼びかけた。闘技場の屋根が円状の額縁となって、空はひとつの巨大な絵画のようだった。
「お前、腕がなまったんじゃないのか? 僕ごときにこんな手こずるなんてさ」
「ふん。手加減してやっただけだ。病み上がりを相手に真剣にやったら、後でレナにどやされるからな」
 ふたりは声を上げて笑った。白い綿雲の流れる青空に向かって。
「こら、そこのバカチンども!」
 そこへ、ようやくフィールドに降りることのできたレナが、つかつかと歩いてきた。
「血だらだら流してるくせに、なに大笑いしてるのよ! そのマヌケ面のまんま死んでも知らないからね!」
 どやされて、クロードとディアスは顔を見合わせる。そして、また笑った。


 バークの『長老』は、紫の光線を撒き散らして反撃に転じた。壁を貫き、天井を砕いて岩塊が崩れ落ちる。かすっただけで服が焦げ、肌を灼かれる光線に、彼らはたまらず背後の通路へと避難した。『長老』はしばらく狂ったように光線を吐き出していたが、唐突にそれも止み、また、誰かが戯れに彫り込んだような両眼でこちらを睨んできた。
 彼らはふたたび部屋に入った。『長老』はこちらを睨むだけで、攻撃する気配はない。そもそも、渠《かれ》は奥の岩壁とほとんど同一化しているのだ。光線を撒き散らす以外に攻撃の手段もなかろう。
「また光線を撃たれると厄介だわ。ここで一気に決めちゃいましょう」
 オペラは他の四人にそう言ってから、ランチャーのカートリッジを取り替えた。セリーヌとノエルが詠唱を始める。ボーマンは両手に破砕弾の丸薬を抱え、エルネストは鞭を持つ手を握りしめた。
 少しの間の張りつめた緊張のあと、一斉に攻撃が始まった。
「ハイパーランチャー!」
 銃口から、その口径の数倍はある光線が放たれ、『長老』の顔面に炸裂した。ボーマンがありったけの破砕弾を投げつけ、エルネストが電撃で加勢する。ノエルのマグナムトルネードの渦が渠を包み込む。そして。
「エクスプロード!」
 セリーヌが杖を振り上げて唱えた。『長老』の眼前、空間上の一点に元素が集約し、一気に膨張しだした。仲間たちはすぐに通路へと逃げ込む。熱を帯び、膨張した空気は『長老』を巻きこんであちこちで爆発を始めた。まるで火薬の山に火をつけたような熱風と、轟音。爆発の嵐の向こうで、渠の頭が砕け、目が取れ、鉱石の塊となって四散していくのが見えた。
 爆発が止むと、あたりはしんと静まりかえった。……いや、地底深くからわき上がってくるような唸りが、どこからともなく聞こえてくる。
「やな感じだ。とっとと鉱物を採取して帰ろうぜ」
 バークの『長老』は、もはや跡形もなく粉砕されていた。彼らはわりと大きめの鉱石の塊を拾い集め、ミラージュから借りてきた麻袋に入れた。唸りはそのうちにどんどん大きくなり、やがて震動を伴った。壁に亀裂が走る。
「やばい。崩れるぞ!」
 麻袋の紐を締めて、彼らは急いで退散を始めた。出ていってすぐに部屋はガラガラと落盤した。五人は狭い通路をひた走る。彼らが通った後から瓦礫が降り注ぎ、通路を潰していく。
「ちくしょう。こんな場所で生き埋めは御免だぜ」
 そのボーマンの呟きに呼応したようだった。やっと出口が見えてきたと安堵したそのとき、前方の天井が崩れて出口へと続く道が塞がれてしまった。彼らは瓦礫の山を目の前に、立ち止まる。背後からは岩の崩れるけたたましい音が近づいている。
 彼らのすぐ横の壁に亀裂が走った。誰もがそこで、死を覚悟した。



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【ひとくち解説】
 ミラージュさん登場。冒頭のシーンは個人的にもお気に入りです。ほとんどオリジナルキャラみたいになってしまったけど。
 反物質の説明は、去年のノーベル賞の関係で少しだけタイムリーな話になってます。偶然だけど。しかし、ほとんどの人は説明しても到底理解できない領域だろうなァ。わたしだって大して理解してないし。
posted by むささび at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説SO2
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