2009年03月08日

とある「悪意」への反論

 正直、今更首を突っ込むことでもないんですが。とりあえず固有名はできる限り伏せて書きますので、解るひとのみ読んでください。

 過去にネット上で懇意にしていた作家さんがおりました。今ではすっかり疎遠になってしまいましたが、かつては「むささびちゃん」と呼ばれたりして、掲示板などで頻繁に話をしていたものでした。
 で、先日当時を知っている方と、ふとしたことからその作家さんの話になりました。なんかWikipediaの彼女のページが保護状態になっている、と。見てみると、どうやら過去に彼女がネット上で起こしたとされる「エピソード」が原因らしい。履歴には、執拗にその項目を追加したがる人と削除するユーザーとのやりとりが残っていました。
 エピソードは、彼女の傲慢さと尊大な言動を強調する内容となっていました。そこには明確に悪意が存在する。少なくともわたしはそう感じました。
 加えて、某掲示板においても彼女にまつわる話が度々取り沙汰されていました。Wikiとの関連はわからないけど、こちらもあまり良い書かれ方はしていません。しかも、出てくる度に色んな尾鰭背鰭がくっついて、どんどん膨れ上がっている気がします。こうなるとどこまでが事実でどこからが噂なのか、全く判別できない。一体どうしてこんなコトになってるんだろか。
 好き嫌いがきっぱり分かれそうな方、とは思います。何にしても「はっきり」しているし、仕事に関しても自分のポリシーを前面に押し出す傾向がある。そうした発言が鼻につく人もいるだろうし、時には誤解を与えることもあったかもしれません。
 なので、こうした状況はある程度は仕方ないことなんですな。ご本人は別段気にする風でもないから、このまま放置でも問題ないと思います。実際、本当のことも多少は混じっていますし(;´Д`) ただ、そこに悪意を織り交ぜて言いふらしているというのが、個人的にどうにも嫌な感じがする。ヒトの想い出の中に、土足でどかどかと上がり込んでこられた、みたいな。
 というわけで、ここでは軌道修正というか、くっついてしまった尾鰭背鰭を払い落とす意味合いで、昔のことを少し書こうと思います。わたしは直接彼女とお会いしたことはないし、当時にしても全てを把握しているわけではありません。たぶんもっと詳しく事情をご存知の方が、どこかにいることでしょう。それでも、あの時代にいたネットユーザーとして、そして現存する最古のエニックス系サイト(推定)の管理人として、きちんと事実を残しておこうと思います。彼女のためというより、自分自身のために。


■掲示板での各種エピソードについて

 当時の掲示板は来訪者も書き込む人も限られていて、わりとまったりした感じで流れていました。なので、トラブルの場面というのはそれほど目撃することはありませんでした。小学生の質問に対する回答とか他者のサイトでの口論とかは、少なくともわたしは関知していません。
 唯一鮮明に覚えているのが某Y氏とのトラブルですが、それも彼女自身のサイト内のみのことで、他に波及していたのかは知りません。ついでに言うと、その件も以前にY氏が数々の悪行を起こしていたという前提があってのことでした。わたしが彼女から聞いたのは、出版社のパーティに一般人を紛れ込ませたこと、別の女性作家に対してセクハラ紛いのファックスを送ったことなど。あの騒動よりもずっと前からY氏には腹を据えかねていたようです。

 某誌休刊時のメッセージは出所がうちのサイトなので、その発言自体は事実です。ただ、果たしてそこに皮肉が込められていたのかどうか。いきなり連載作品を終わらせられた悔しさぐらいはあるだろうけど、継続にならなかった僻みというのはあまりにも穿った見方なんじゃないかと。
 あと、「創刊時からの作家」というのは間違い。彼女の作品の連載開始は創刊から5ヶ月後です。

■知識や学歴の「ひけらかし」について

 これはもう、各々の感じ方の問題だと思いますが。学歴に関してはむしろ周囲が騒いでいたところがあったような気もします。
 作品の中で急に解説が始まったりするのは、確かに不必要に感じるところもあります(;´Д`) 某誌の読者層は小中学生がメインなので、彼女にしてみれば理科の授業をやるような感覚で挿入していたのかもしれません。

■「工兵」について

 ニフティでの話は知りません。あのときニフティに入っていればなァ……。
 それはともかく、彼がネット上で表立って何かをしたという場面は、一度も目撃したことはないです。裏で色々やっていたという噂もあるみたいですが、当然ながらわたしは知りうる立場にはなかったので、全く関知していません。
 ただし、あの時代のエニックス系サイトを見ていたという「痕跡」は確認しています。当時は全く気づかなかったけど……。


 とりあえず覚えているのはこんな感じです。こうして見ると、わたしもあまり深いところまで関わることはできていなかったですな。まだ若かったですしね。大人の事情(笑)みたいなものは知らないし、想像すらしていませんでした。
 あの時代、あの場所で何が起きていたのか、わたしも知りたいところではあります。けれどまァ、これは解らないまま終わるべきコトなんでしょうな。変な噂が広まるよりは、その方がよっぽど良い。
posted by むささび at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話

2007年12月20日

Flying Squirrel 回顧録 〜 おわりに

 1月から始まったこの連載も、今回が最後です。読んでくださったかたがどれだけいたか判りませんが、1年間ありがとうございました。

 当サイトはご覧の通り、あまり大きなサイトではありません。古くは「エニックスのお部屋」や「夜麻みゆき同好会」の後塵を拝し、ER全盛期にはそれなりに賑わったものの大手SOサイトには到底及ばず、そして現在はほとんど倉庫と化しています。実際のところ、その時代・そのジャンルのトップランナー的役割を果たしたことは、一度もないんですな。けれど、長く続けるという意味においては、むしろトップランナーでなかったことが幸いしたのかもしれません。大したプレッシャーもなく、特に叩かれることもなく、のんびりまったりと運営していくことができた。まァでも、一度ぐらいはスターダムに躍り出て華々しく散ってみたいと思わなくもないけど(笑) 派手なことはできない質だから、無理だろうな。
 わたしがこのサイトでやってきたことも、ひとつひとつ見てみれば、大したことではありません。ゲームをノベライズしたからといって美少年とデートできるわけでもないし、マンガを復刊させたからといって新世界の神になれるわけでもない。地味な作業を膨大な時間をかけてやっていく様は、ハタから見ると無駄なことに思えるかもしれません。正直、わたしもそう思います。無駄です。酔狂です。阿呆です。FSで「むささび」として活動してきた10年間は、全くもって無駄で無意味だったと断言できます。
 それでも、こうして10年の間にやってきたことを振り返ると、得も言われぬ充実感がある。マクロな視点では無駄に思えても、ミクロ視点では結構、充実していたんでしょうな。色々あったけど楽しかったし。活動自体はともかく、それがもたらした縁だけは、決して無駄ではなかったと思います。
 今後も当サイトは、無駄なことを沢山やっていく所存にございます。FSってのは、そういうサイトですから。伊達と酔狂だなんて格好いいこと言える性分でも状況でもないけれど、自分のやりたいこと、できることを地味に静かに波風立てずに穏やかに、のんべんだらりと進めていければいいかな、と思います。

 「これで、いいのだ」(by バカボンのパパ)


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年11月23日

Flying Squirrel 回顧録 〜 10年目『途上』(2006.7-2007.6)

■下巻の発行
 小説SO2の下巻発行に向けての作業は、前回よりもスムーズに進めることができました。上巻のときに散々苦労した経験も無駄ではなかったようです。時間に余裕を持って取り組めたぶん、小説の手直しにもより力を注ぐことができました。個人的には、ずっと心残りだった「レオンのペンダント」の扱いとメインキャラのラストエピソードが書けたので満足ヽ(´ー`)ノ 印刷作業も時間はかかったものの特に大きな問題もなく、予定していた部数の原稿を用意することができました。
 そして、11月のオンリーイベント。ついに上下巻が揃った形での配布が実現しました。総計50部ほど用意した本もほぼ完売。皆さん本当にありがとうございました。細かいコトは当時のエントリに書いているので、よかったらそちらもどうぞ。打ち上げ(?)も色々あって楽しかったですな。ちょうど1年前かァ。

■まだまだ「途上」
 三笠山委員会の更新終了以来、FSはほとんど活動停止状態でした(『あんだんて』は続けていたけど、あれはほとんど日記みたいなものなので更新には含めないことにします) 更新するネタがない。企画らしい企画も思いつかない。──もうサイトはいいかな。そう思っていた矢先に、小説の同人化の話が持ちあがりました。当初は無謀だと思われたこの企画も、なんか知らんが上手くいってしまった。もちろん周囲のかたのサポートあってのことですが。
 一連の企画を終えた後、わたしは思いました。なんだ、まだやれることがあるじゃないか、と。小説の手直しとかスタッフとの打ち合わせとか、面倒だと思いつつも楽しんでいる自分がいる。印刷はホントにしんどかったけど、そんなものは完成した本を見た瞬間に吹き飛びました。やっぱりわたしはこういうのが好きなんだな。失いかけていた「何か」の、ほんの小さな欠片だけれど、取り戻すことができたような気がしました。
 FSはまだまだ続きます。「むささび」として、やりたいこと、やれること、やり残したことが、まだまだ有るみたいですから。昔みたいなノリと勢いはありませんが、不恰好でも少しずつ、進んでいきたいと思っております。

 2007年の春には7年ぶりの改装も行いました。コンテンツの量が量なので、結構時間はかかりました。他にもサイト関連でやらにゃならんことは山ほどあります。正直言って面倒くさいです。煩わしいです。眠いです。サボりまくってます。でも、だからこそサイト作りは面白い。それが、開設から9年以上経って、ようやく気づいたことでもありました。
 7月、Flying Squirrelは10周年を迎えました。まだまだ未熟なサイトですが、今後ともよろしくお願いします。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年10月25日

Flying Squirrel 回顧録 〜 9年目『再見』(2005.7-2006.6)

■誤算スパイラル
 順調に進んでいる、と、そのときまでは思っていたんです。これなら余裕で間に合うなと、高をくくっていました。それが、後々になって響いてきます。
 配布予定のSOオンリーイベントまで2週間を切っても、まだ印刷にはかかれず、原稿の最終チェックをのんびりと進めていました。印刷業者への入稿をイベント1週間前と仮定しても、4,5日あれば印刷は終わるから大丈夫。わたしに焦りはありませんでした。その見込み自体が大甘だとも知らずに。
 状況が一変したのは、チェックが終わってテストプリントを始めたときでした。印刷に思ったよりも時間がかかることが判明。しかも、裏面印刷の際は結構な頻度で紙詰まりを起こす(レーザープリンタは印刷すると紙が反り返るんですな。その状態のまま裏返して印刷するものだから……)ので、常時監視していなくてはいけない。これは想像以上に大変な作業だと、この期に及んで気づいたのでした。
 家庭内の事情(?)などもあって、本格的に印刷作業に取りかかったときには、イベントまで残り10日というところまで迫っていました。果たして間に合うのか。わたしとB5用紙との死闘が始まります。

■未確認紙闘シンドローム 〜ある夜の出来事〜
 さて印刷すっぞ。夜中の作業はなんか寂しいから、テレビでもつけるか。ろくな番組やってないな。まァいいか、どうせろくに見ないだろうし。とりあえず10部ずつぐらいまとめて印刷するかな。
〈1時間後〉
 うむ、順調順調。この調子なら割と早めに終われそうだ。ぼちぼち裏面印刷すっか。
〈10分後〉
 きゃーっ、紙詰まり起こした。くそぅ、貴重な紙とトナーを無駄に……。あ、あれ? なんか表と裏のページ数がズレてる。うあー、白紙が紛れ込んでたのか。表面印刷のときにチェックしておかないと駄目だな。また表から印刷し直しか……。
〈2時間後〉
 はあ疲れた……。相変わらず放っておくと紙詰まり起こすし、印刷ミスのチェックもしんどい。ちょっと休憩……って、ちょっと、テレビ怖いよ。栗山千明が真顔のアップで「命は大切だ」って、背筋に寒気走ったぞ。こんな時間にACのコマーシャル流すなヽ(`Д´)ノ
〈30分後〉
 さて、そろそろページの振り分けを始めようかな。2ページ……4ページ……6ページ……。……もしかして、この作業、物凄く時間かかるんじゃないか。やばい、こんなことやってたら間に合わない。1部ずつページ順に印刷していったほうが良さそうだ。けど、既に印刷しちゃった分は振り分けないと……。……はあ、ホント何やってんだろなァ……。腰痛くなってきた。休憩。あれ、なんかアニメやってる。あー、ハガレンか。初めて見た。エドって結構ムキムキなんだね。そうじゃなければストライクゾーンだったのに。どうでもいいや、続きやるか……。
〈2時間後〉
 やっと振り分けが終わった……。絶望的にしんどかった。これからは1部ずつ印刷しよう。……げっ、印刷がかすれてる。もうトナーが切れたんかい。残りは1個しかないぞ。まずい、これはまずい。まだレナ編は1ページも印刷してないってのに。なんでこんなに早く……って、あーそうか、プリンタ買ったときに色々しょーもないものを印刷してたっけ。わたしのお馬鹿さん。余分にトナー買っておくべきだった。ああ空が白んでいく。もう限界だ。僕は疲れたよゴンザレス。あとは知らん。寝る。

■いざ出陣
 ──とまァ、そんな紆余曲折がありながらも、ギリギリ入稿には間に合わせることができました。ただ、当初はクロード・レナ両編とも20部ずつという予定でしたけど、時間的にもトナー的にも無理ということで、どちらも10部弱という結果になってしまいました。仕方ないので、昔作ってたトライア系のMIDIを録音したCDも一緒に配布することに。さすがに計20部にも満たない本だけでは物寂しいですからね。
 そうして、いよいよイベント当日ということになるのですが、そのへんのことは当時のブログに書いてあるので、ここでは割愛します。まァ何にせよ、貴重な経験になったことは間違いないです。
 イベント後には、購入できなかったかたのために再発行もしました。印刷も随分と慣れて、作業効率は前回と比べても格段に向上しました。面倒なのは変わりないですけどね……。

■下巻に向けて
 小説SO2の同人化は、概ね好意的に皆様に受け入れてもらえたようでした。少なくともわたしが想像していた以上には。作っている当初から不安はつきまとっていました。7年前に発売したゲームの5年前に完結した小説が、果たして売れるのだろうか、と。それが、あのイベントで一気に払拭されたわけです。SO2というゲームの持つ魅力というものを、改めて思い知った瞬間でもありましたな。
 さて、こうなってくると、もう下巻を出さないわけにはいかなくなります。皆さんからのリクエストも勿論あったのですが、それ以上にわたしとしても、このままだと中途半端で収まりがつかない。掲示板やブログでは「未定です」なんて焦らしていましたが、既に腹は決まっていたんですな(笑)
 まずはサイトの整備から。『Phase Bookmaking』を『コトノハの海』と改称し、同人サイトとしてリスタートさせます。小説SO2の掲載もこっち一本に絞りました。ついでに『あんだんて』をブログに完全移行……って、これは小説と関係ないか。まァ、作業に集中できるようにサイトのスリム化を行った、ということで。
 年明けの2月から、本格的に動き出します。まずは制作スタッフ(と言っても2人ですが)への連絡。ShiraさんからはすんなりOKが貰えました。しかし、蒼莱さんは事情により今回は参加できないとのこと。のっけからつまずいてしまいました……。とにもかくにも、新たな絵師さんを探さねばなりません。募集もかけてはみたんですが集まりそうもないので、やっぱりこちらからアプローチをかけてみることに。その結果、若野未森さんが引き受けてくださることになりました。上巻のときは苦労したけど、今回はすんなり決まって一安心。上巻を発行しているという実績があったのも、大きかったかもしれませんな。
 ところが、今度は印刷のほうで問題が。上巻で表紙印刷と製本をお願いしていた業者さんが、昨年12月に閉店していたのでした(;´Д`) ということで、印刷所もまた探し直し。メールでのやりとりもあって苦労しましたが、どうにかOKを貰えるところまでこぎつけました。
 今回の目標は11月のオンリーイベント。夏コミということも考えたんですが、競争率高いし既に手遅れだったので見送りました。作業は特に大きな障害もなく、順調に進行しました。途中、VP2の発売とかで脱線したりもしたけど……。前回の反省を踏まえ、上巻のときよりも早め早め、ということは心がけたつもりです。

 改めて振り返ると、この年はホントに印刷ばっかりやってましたな……。片手間でできるならいいのだけど、結構しんどい作業ですからね。なにせ量が量だから。まァ、その苦労は、本を発行できたということで報われたと思います。『小説SO2』に再びスポットライトを当てることができたという点では、充実した一年であったと言えるかもしれません。色々大変だったけど、ホントに( ̄× ̄;


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年09月26日

Flying Squirrel 回顧録 〜 8年目『原点』(2004.7-2005.6)

■ブログ開始
 何やら最近流行っているらしい、というのは耳にしていました。素知らぬふりをしつつも、ちょっとは気になっていました。けど、わたしの場合は普通のサイト更新に慣れてしまっているから、あえてブログに手を出す必要性が全くないんですね。こんなんただの日記サイトやん、しょうもなー。……そう突っ張っていた時期が、わたしにもありました(遠い目)
 いや、最初はただのテストのつもりだったんです。ホントに。ブログというのがどういうものなのか、そして、そのシステムでどこまで続けられるのか、試してみようかなと。で、結果は……ご覧の通りです。逆に本家『あんだんて』のほうが疎かになってしまったぐらいで。折しも愛知万博(愛・地球博)開催の時期でもあったので、その関連のネタをよく書いていましたな。南セントレア市とかイエメン館とか。もう2年前になるのかァ。

■小説SO2同人化
 2004年11月の定例チャットでのことでした。いつものメンバーといつものようにだべっていたところ、ふとしたことから小説SO2の話になりました。そこで出てきたのが「小説を本としてまとめられないか」ということ。
 そういった話は以前にも何度かありました。それこそ小説が完結した当初から、度々言われてきたことでした。けれどこれは、どだい無理な話なんですな。あれだけの分量の原稿を業者に出したら、一体いくらかかることやら。多少の赤字で済むならわたしもやぶさかではないけど、到底「多少」で収まるモノではないですから。
 それに、わたしは昔から「同人活動」というものに、ある種の抵抗を感じていました。別に偏見があったわけではないです。何というか、同人ってのは物凄く難しいもの、素人がおいそれと手を出すなんてできないものだと、必要以上に思っていたんですな。まァ、それこそが偏見なのかもしれないけど。
 ただ、そうした考え方は、年月を重ねるうちに払拭されていきました。なんといっても、実際にコミケを視察したことが大きかったですな。思っていたほど敷居の高いものじゃないんだな。そんな肩肘張らなくてもできるかもしれない。前述のチャットの頃には、そう思えるまでになっていました。

■準備
 さて、そうなると残る問題は、どう採算を合わせるか、ということ。チャットの席でも色々と話し合われました。
 出てきた意見をまとめると、大体こんな感じだったと思います(うろ覚え)

・普通に発行すると10万円以上はかかる
・表紙絵と挿絵は欲しい(「小説本パック」みたいなものだと味気ない)
・本文を自力で印刷するという方法もある
・全部まとめて出すのはしんどいから、まずはエクスペル編だけ
レオンはわたしの嫁

 以上を踏まえて、実現可能かどうか、わたしのほうでも検討してみることにしました。……なんだか話してるうちに結構その気になっちゃったんですな。豚もおだてりゃ気功砲。なんのこっちゃ。
 まずは、相方(?)のShiraさんに連絡。何はともあれ、Shiraさんの協力なくしては成立しませんからね。突然の提案にもかかわらず快諾してくれて、これで土台は固まりました。
 次に、表紙と製本だけやってくれる業者があるかどうか、同人ぽーたる等を参照しながら調べてみました。サイトのコース説明だけではわからないところもあり、直接メールで問い合わせることもしました。その結果、ある業者さんから可能であると返答をいただきました。
 それから、本文の印刷に使うプリンタも買わねばなりません。レーザープリンタなのは当然だけど、果たして幾らかかるのか。とりあえず最近の機種なら品質的には問題ないみたいなので、2万弱のモノクロレーザーを注文しました。届いたもので早速テスト印刷。おお、けっこう綺麗じゃないか。これなら本文の印刷に充分使える。ただ、両面同時印刷はできないので、自分で紙を裏返さないといけないのが少し面倒かも。──実際は「少し」どころの問題じゃなかったのだけど、このときは知る由もありません。
 最後の懸案は、表紙と挿絵のこと。言うまでもないですがわたしは絵が描けないので、担当してくれる絵師さんを探さなくてはなりません。常連のかたからの情報やSO系のサーチエンジンなどを参照したりして、玉砕覚悟でアプローチを試みました。
 ちなみに、複数の絵師さんに分担してやってもらう、という案もあったんですが、これは多分、うまくいかないだろうと判断して見送りました。ネットで何かを作るような場合は、なるべく少数精鋭のほうがいい。それは、数年前に別の企画に携わって(「むささび」名義ではありません)得た、ひとつの教訓でした。
 さて、予想していたことではありますが、絵師探しは難航しました。まァ、いきなり得体の知れない人間から「絵を描いてくれ」と言われたら、そりゃ身構えるのも無理はない。わたしのサイトも古いだけで、お世辞にも知名度が高いとは言いがたいですし。あんまりサイトを宣伝してこなかったツケが、今になって回ってきた感じですな。
 しかし、そんな中でも、AQU*PIAの蒼莱萌葱さんが協力を申し出てくださいました。OKの返事を頂いたときは安堵しました、ホントに。これで全ての準備が整いました。

■専用サイト創設
 今回の企画に関しては、当初からER内の特設ページで内容や近況を伝えていました。けれど、実際に制作を始める段階に至って、この際専用のサイトを作ったほうが何かと都合がいいだろうと思い、急遽あんだんてのサーバにコンテンツを移すことにしました。サイト名は『小説SO2 -Phase Bookmaking-』 のちの『コトノハの海』であります。小説の本文などもこちらにまとめて掲載しました。

■小説の手直し
 下準備が済んで、いよいよこれから原稿の作成に取りかかるわけですが、その前に本文の手直しをすることにしました。なにしろ連載開始が7年前(当時) 改めて読み直すと拙いところも結構あるので、そのへんをきっちり直してから出したいなと。ついでに、かねてより心残りだった「序章」も追加することにしました。こちらの出来については、そこそこ満足してます。ちょっと別作品の影響を受けているところがあるけど……ちょっとどころじゃないか(;´Д`)
 それと並行して、絵師さんとの打ち合わせもメールにて進められました。作業は多少の遅れはあったものの、Shiraさん、蒼莱萌葱さんの協力により、総じて順調に運んでいきました。

 この年は、ほんの少しだけど、昔の企画屋魂が復活した1年でした。わたし個人にしても、手直しのために小説を読み返すことは、過去の自分と対峙するという意味で、意義のあることだったんじゃないかと思います。まァ、あんまり振り返ってばかりいるのもアレですが。

 さて、小説の同人化企画は、9月のオンリーイベントに向けて、ほぼ予定通り進行していました。
 ……しかぁし、モノゴトというのは、そう何もかも上手くいくようにはできていないのです。
 夏の終わりにわたしの前に立ちはだかるのは、白くて四角い、あの物体。
 次回、むささびホラー劇場「B5用紙の悪夢」 乞うご期待。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年08月12日

Flying Squirrel 回顧録 〜 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)

■『三笠山委員会』更新終了
 前回の回顧録に書いたように、委員会はうめ謎完全版の発売を機に、終了させる予定となっていました。ただし、具体的にいつ終わらせるかは考えていませんでした。なるだけ早めに区切りをつけるつもりでは、あったんですけどね。あまり長引かせると、そのうち面倒になって放置、ということにもなりかねないし。まァ、色々準備とかもあったんで、実際に終了宣言を出せたのは2004年になってからでした。
 これで、FSのコンテンツも軒並み更新を終えることになります。開設からピーク時までに次々と打ち出した企画も、すべて完結となったわけです。未完のままお蔵入りになったものも、かなりありますけどね……。そのうち供養でもしましょうか。浮かばれないコンテンツ供養。大須の万松寺あたりに頼めばやってくれるかも。

■隘路
(↑あいろ、と読みます。小難しい単語使ってすみません)
 さて、委員会の終了によって、サイト上でやるべきことはほとんど無くなってしまいました。「あんだんて」はたまに更新していたけど、あれはホントに片手間ですからね。なにかを創る、といった類のモノでもないし。かと言って、新しい企画を始める気力もない。あんまり歳のせいにはしたくないけど、やっぱり昔に比べれば、熱意というか、バイタリティは低下しています。
 最初は勢いよく突っ走っていた。途中からは色々模索しながらも、前には進んでいた。けれど、その過程であちこち迷っているうちに、気がついたら先に進めなくなっていた。袋小路です。どこにも行き着くことができない場所で、茫然と立ちつくしている。そんな自分の姿が、しじゅう脳裏に浮かんでいました。それも結局のところ、考え方ひとつで変わるものなんですけどね。ただ、当時のわたしには、それだけの余裕がありませんでした。
 まァ、辛気くさい話はこのへんにしときます。サイトと直接関係ないし。詳しいことを聞きたいなら、また酒の席にでも誘ってください。もちろん皆さんのおごりで(笑)

 ……ええと、今回はこれだけです。サイトにとってはほとんど動きのなかった1年だったので、書くこともないんですよね……。1年区切りにしてしまったからには書かないわけにはいかないので、無理矢理ひねり出してみたけど、やっぱりいまいちでしたな(;´Д`) 今回に関しては、読み飛ばして構いません。というかむしろ推奨。
 次回はもっと内容のある話になると思います。記憶に新しい「あの企画」の裏話も盛りだくさんでお送りします。たぶん。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年07月25日

Flying Squirrel 回顧録 〜 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)

■うめ謎完全版への歩み
 それは、2002年の8月のことでした。三笠山先生のサイト『うめじゅく』に、ひとつの告知が掲載されました。
 「大都社から完全版が出る」
 あまりにも唐突なことだったので、驚きました。エニックスからではなく、大都社という、サイトも無いような出版社から出ることも意外でした。しかし、とにもかくにも、委員会の目標としてきた愛蔵版の発売が決まったのです。これほど嬉しいことはありません。
 ところが、発売までにはひとつの障害がありました。『うめじゅく』には続けてこうも書いてありました。
 「エニックスから原稿が戻ってこない」
 ……ううむ、どうやらエニックスは妨害する側に回ってしまっているようです。まァ、自分の会社から出すわけでもない原稿なんて探すのも面倒、ってコトなのかもしれませんけど。もう少し、そのへんの対応はしっかりしてもらいたいものです。

■そして発売
 そんなこんなで色々ありましたけど、無事に原稿も戻り、そして12月20日、ついに『うめぼしの謎 完全版』は発売されました。本を手に取ったとき、そして後書きを読んだときの感慨はひとしおでした。委員会が完全版発売に直接関わったわけではありませんが、それでも、やっぱり嬉しいものですな。
 わたしはこれまで、実に様々なコンテンツをサイト上に公開してきました。けれどその中で、最初から明確な意図をもって始めたと言えるものは、ほとんどありません。単純に面白そうだから作っただけのことで、別に何か大きな目的意識があったわけではないんですよね。のんびりまったりと運営し、続けていくうちに、少しずつ目標らしきものが形成され、いつしかそれが「旗印」となっていく──小説SO2にしても今回の委員会にしても、そんな感じでした。成功する企画というのは、得てしてそういうモノなのかもしれませんな。
 もちろん、この成功は周囲のサポートがあってのものですが。とりわけ委員会に関しては、会員の皆さんの後押しがなければ、とっくにやめていたと思います。実際やめるつもりだったし(このへん参照) 本当に感謝しております。
 さて、愛蔵版の発売という目標が達成され、活動にはひとまず区切りがついたわけですが、委員会自体はもうしばらく続くことになります。まァ、物語でいえばエピローグ、RPGでいえばラスボス後のエンディングといったところですか。ここから先は、終了に向けての整理と総括をする段階となります。

■『少年探偵レオン』完結
 2000年から不定期に掲載を続けていた『レオン』ですが、2002年頃になると、徐々にペースが落ちてきます。その理由は……端的に言ってしまえば、ネタ切れです( ̄× ̄; クイズのためのトリックを毎回考えるというのは、思いの外しんどいものなんですな。夏先生は、よくもあれだけ続けられたものです、ホントに。
 まァ、そんな状況だったから、そろそろ終わらせないとまずいかな、と。このままだと未完のままフェードアウトしてしまいそうでしたからね。もう少し続けたい気持ちはあったんですけど。633Bはもっと出したかったし、最終回で正体が明かされた「謎の男」も、当初は全然違う設定でした。仕方ないですけどね、こればっかりは。未完で放置されるよりかはいい。
 そうして2003年の2月、どうにか最終話を書き上げて、完結を迎えることができました。ちょうどSO3発売の直前ですな。合わせたのかな。覚えてないけど。

■SO3発売 しかし……
 FSの分家であるERは、一応tri-Ace系サイトを標榜しております。そのトライア様の最新作であるSO3が発売したのだから、ERとしてもまた何かやろうかな。当初はそんな気概もありました。けれど、問題はその内容。攻略や情報は掲示板や他のサイトがいち早くやるだろうし、それ以外の企画も思いつかない。え? 小説? いやそれはちょっと……(;´Д`)
 まァ、そんなこんなで、結局なにもやりませんでした。そしてこれ以降、新作関係のコンテンツは作らなくなります。時代の流れというやつですかね。いや決してものぐさではなく。

 6年目は、何といってもうめ謎完全版の発売があったわけですが、全体を通してみると「ひと段落ついた」年であったといえるかもしれません。特にERは、これ以降大きな更新はなくなります。言い訳するつもりは毛頭ありませんが、ネットにおける個人サイトの役割が変化しつつある時代において、これは必然の流れだったのかもしれませんな。少なくとも「今の」わたしは、それほど否定的には捉えていません。当時もそれぐらい達観できれば良かったんですけどね。停滞を肌で感じ、ある種の鬱屈した気持ちを抱えたまま、FSは次の一年を迎えます。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年06月24日

Flying Squirrel 回顧録 〜 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)

■停滞
 2001年の後半あたりから、更新のペースががくりと落ちます。別にサイトに飽きたというわけでは、なかったと思います。何というか、やるべきことはほとんどやり尽くしてしまったので、もう他にすべきことが見つからなかったんでしょうかね。ファンサイトを作った、小説も書いた、MIDIも作った。さて、ここからどうしようか──。燃え尽き症候群じゃないけど、それに近い感じだったのかもしれません。
 そんなわけで、この時期はサイト自体よりも、それ以外のところではっちゃけていた気がします。某BLゲームにハマったり(一時期ご迷惑をおかけしました)、「何か(現:伺か)」や1ch、それに2ch運営関係のヲチをしたりと、まァそんな感じで楽しんでいたわけです。ゲームも結構やりました。あとケアンズ行ったりとかW杯とか。
 そんな中ではありましたが、唯一、三笠山委員会だけは地道に更新を続けていました。新たにコンテンツを作ったり、会報をコンスタントに出したりしています。ERの更新が一段落したことで、ようやくきちっと委員会と向き合える時間ができたのかもしれませんな。遅いよ、というツッコミはこの際なしで。わたしも反省しておりますので。
 それと、小説も少しは書いていました。VPとレオンかな。DQは既に諦めていたと思います(;´Д`)

■『あんだんて』開始
 開設は2002年の元旦でした。区切りがいいから覚えやすい。
 これもホントに突発的な思いつきからでした。当時はいわゆる「テキストサイト」というジャンルが非常に盛況でして、わたしもひとつそのブームに乗ってみようじゃないかと、始めてしまったんですな。我ながら浅はかです。しかし、実際に始めてみたら、これが存外めんどくさい。ネットを巡回して情報を集めるという行為は普段からやっていたから、別に問題ないだろうと思っていたんですが、意図的にその作業を行うとなると、結構負担になるものなんですな。けっきょく3ヶ月ほどは元気に更新したものの、それ以降は徐々にトピックの数が減っていき、最終的にはただの日記サイトと成り果ててしまいました。それでも時々はトピックを設けて、いろいろ意見を書いたりもしてたけど。日々ネットを巡回してサイトを更新していくというのが、いかに大変であるか、つくづく実感させられました。当時から現在まで変わらず続いているテキストサイトは、本当に偉いと思います。というか、よくやるなァ。
 ちなみに言うまでもないと思いますが、この『あんだんて』は現在はブログに形を変えて続いております。要するに、此処のことです。わは。

■三笠山委員会オフ開催
 2月の半ばにわたしが東京へ行くことになったので、この際ついでに委員会でオフをやってしまおう──ということで、会報にて告知して募集をかけてみることにしました。告知も急なことだったし、元からまとまりに欠けるコミュニティなので(笑)そんなには集まりませんでしたが、それでもエニックス本社ビルに突撃したり(もちろん中には入れません)して、良い記念にはなりました。個人的には微妙に後悔の残るオフでしたけど……。
 あと余談ですが、うめ謎の「伺か」用ゴーストを作るという企画も水面下で進んでいたことがありました。オフのときに少しだけ公開したやつです。たぶん誰も覚えていないと思うけど( ̄× ̄; 結局はポシャってしまいましたし。

 5年目はサイト外のところで色々あったので、FSとしては内容の薄い1年となってしまいました。その中においても、三笠山委員会だけは頑張っていましたな。まァ、今更感もあったけど。しかし、その「頑張り」は、決して無駄ではありませんでした。翌年、事態は急展開を迎え、遂にその瞬間が訪れることになります。委員会の長年の悲願へと──。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年05月16日

Flying Squirrel 回顧録 〜 4年目『結実』(2000.7-2001.6)

■『ギャグ王記念館』開設
 ……ええと、正直に申し上げますと、ギャグ王記念館の開設は2000年の3月下旬だったようです。なので、本当ならこの項目は前回のエントリに書かなくてはならなかったんですな。向こうに追記しようかとも思ったんですが、なんか前回はやたらと長文になっているので、これ以上文章量を増やすのも些か気が引ける。ということで、あらかじめお断りを入れつつ、こちらに書くことにします。あしからず。
 ギャグ王事務局の閉鎖から1年ほど経つと、休刊のショックもすっかり癒えて、手元に残っているコンテンツでまた何かできないかと、性懲りもなく考えるようになります。当時はわたしも元気いっぱいで、思い立ったらすぐ実行に移せるだけのバイタリティがありました。そんなわけで、既存のギャグ王レビューの他にギャグ王の作品年表なども加えて、『ギャグ王記念館』と銘打って公開に踏み切ったのでした。「ギャグ王作品年表」は、今でも資料的価値のあるコンテンツであると自負しております。まァ、それも所詮はRATOさんのデータベースをまとめたものに過ぎないのだけど。WikiにもRATOさんのほうだけ載ってるし(微妙に対抗心)

■ピークを過ぎて
 2000年になると、前の年の怪しい熱気もすっかり落ち着き、良く言えば平穏、悪く言えば閑散とした日々が続きます。ER以外のコンテンツを見直す余裕もできたので、サイト内を一通りチェックしたりもしました。そして、そこでようやく三笠山委員会の惨状に気づきます。それから一念発起して愛蔵版の署名運動を始めるわけですが、そのへんの経緯は以前に書いているので、ここでは省略します。あの嘆願書がエニックス編集部内でどう扱われたのかは、非常に気になるところです。速攻でシュレッダー行きに一票。
 まァ、そんな感じで、全体としてはのんびりまったりと運営していたわけですが、そのまったり感を象徴するようなコンテンツも立ち上げます。それが、脱力系独り言ページ『同じ穴の狢』でした。現在の『あんだんて』の前身ともいうべきページなんですけど、改めて読むと……アレですな。村上春樹と糸井重里の共著で『夢で会いましょう』というのがあって、どうも当時はそれにハマっていたらしく、モロに影響受けまくった文章が散見されます。こんなん公開していたのか、恥ずかしいなァ。個人的には黒歴史として封印してしまいたい。いわゆる若ハゲのいたわり……じゃなくて、若気の至りってやつなので、ご容赦を。

■小説SO2完結
 98年8月から月2回程度のペースで連載を続けてきた小説SO2も、この年の12月にめでたく完結を迎えることになります。蒔いたときには、ほんのちっぽけな種に過ぎませんでした。それがみるみる生長し、大輪の花を咲かせ、まさにこのとき、実を結んだのでした。この企画を最後までやり遂げたことに関しては、手放しで自分を褒めたいと思います。よくやった。あんたは偉い。そしてエロい。
 もちろん、Shiraさんの協力あってのことですけど。二人三脚だからこそ、途中で挫折せずに完遂できたんだと思います。毎回感想を書いてくれた常連さんがたにも、随分と支えられました。そういった意味でも、本当に幸運な企画だったんだなァと今さらながら実感しております。
 この企画はひとまずここで終了しますが、4年後、思わぬ形で「復活」することになります。まァ、その話はまた、そのときに。みんな知ってると思うけど。

■オフ会の開催
 小説SO2の完結から少し前の9月に、クロード編担当のShiraさんとオフで初めてお会いしました。Hallさん宅で座談会などもやりましたな。しかし、泥酔して部屋をうろついていた記憶しか残っていないのは何故だろうか(;´Д`) 別に酒乱じゃないけど、普段ほとんど飲まないですからねぇ。
 そして、完結後には初のオフ会も開催しました。参加してくださった皆様にはお世話になりました。わたしにとっても良い記念になりました。


■MIDIデータの削除
 
 2001年4月頃のFS。(Internet Archiveより)
 このあたりからHallさん提供の画像シリーズ(笑)になります。

 小説とともにわたしのサイトのメインコンテンツとなっていたMIDIライブラリですが、こちらも2001年の5月にコピー曲を全削除して、ひとつの区切りをつけました。理由はご承知の通り、JASRACがネットのコピー曲データの課金を始めたからです。これによりネット上のMIDIデータは激減し、耳コピという言葉も過去のものとなったのでした。まァ、この件に関しては今さら言及するつもりはありません。当時は掲示板等に色々と書いた覚えはあるけど。
 ただ、後からデータベースを調べて気づいたんですが、SOの曲はJASRACに登録はされているものの、その管理については「無信託」となっているんですね。つまり、曲の使用についてJASRACが口を挟める状態ではない。もちろん権利者であるスクエニ(当時はエニックス)からクレームが来ることはあるかもしれないけど、少なくともSOの曲の場合はJASRACから通達が来ることはなかったんじゃないかと思います(確証はありません) まァ、だからといってSOだけ残すってのもあからさまですしね。今はむしろ、無信託であるおかげでプレイヤーズ王国にSOの曲を置けないことのほうが不満だったりします。
 ちなみにコピー曲削除後は、友人連中のオリジナル曲を掲載した『NK3のぺえじ FS支部』として再出発しています。現在はユニットとしては活動休止中ですが、メンバーのひとりであるYさんからはソロで曲の提供があったりします。

■小説VP
 小説SO2の連載終了後は、小説関係では『少年探偵レオン』などをこまごまと更新していました。が、どうにも何となく物足りない。やっぱり本格的なものが書きたいなァ。ということで、相変わらず後先考えずに始めてしまったのが、VPのノベライズ企画でした。今回は単独での連載なので、果たして続けられるのかどうか、当初から不安視されていました。しかもエインフェリアのエピソードを全員ぶん書くという、SO2のとき以上に無謀極まりない構成にしてしまった。こりゃさすがに無理だろうと我ながら思っていたのですが、やっぱり無理でした(笑) それでもまだ、諦めきれないんですよね。自分で言うのもアレですが、出来は悪くないから。特にアリューゼとベリナスの回は、今でもこれだけのものが書けるか判らないというぐらい、(わたしにしては)クオリティが高いです。純文学的な匂いが苦手なひとには読みにくいかもしれないけど。このままお蔵入りにしてしまうには、どうにも勿体ない。でも続きを書くだけの余裕はない。そんなこんなで、今の今まで宙ぶらりんな状態になってしまっています。
 PSP版が出たときに、再開させようという機運が高まったこともあったんですけどね。結局ダメでした。また何かをきっかけにして書き始めることがあるかもしれないので、気長によろしくお願いします( ̄× ̄;

 4年目は小説SO2の完結など、大きな節目となった年でした。うちのサイトの10年間を前後期に分けるとするなら、まさしくここが境目になるんじゃないかと思います。そして、FSは後期へと突入します。内容的には前期よりかなり薄いものになりそうですが、まったりとおつき合いいただければ有難いです。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年04月21日

Flying Squirrel 回顧録 〜 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)

■ER最盛期
 
 99年10月あたりのER。エイプリルフールでネタをやった際に再現しました。
 星空の背景に覚えのあるかたもいるんじゃないかと思います。
 つうかバナーってこのときから変わってないんですな(;´Д`)

 SOの情報・攻略系サイトとして始めたERですが、訪問者が増えるきっかけになったのはむしろ、小説SO2やMIDIなどの二次創作系コンテンツでした。まァ、どちらも物珍しさはあったと思います。アンソロジー的な小説は数多くあれども、ノベライズなんて向こう見ずな企画は誰もやらなかっただろうし、SOのMIDIも他のメジャーなタイトルに比べれば少なかった。桜庭さんの曲は難解で有名ですし。
 SO2発売から1年が経過した頃には、アクセス数もそれなりに増加し、掲示板も大いに賑わいました。手元にはこの時期の掲示板のログが残っているんですが、改めて読み返すと、その熱気や凄まじいものがあります。わたしも3画面に渡るような長文レスを毎日のように書き込んでいたりして。しかもこの頃はちょうどショタを発病(!)した時期でもありまして、そっち系の話が盛りだくさん。添い寝だの恥骨だのと、いかがわしい単語が飛び交ってるし。皆さん、はっちゃけ過ぎです。その中心にいたのが自分なわけだけど……。さすがに今はここまで暴走はできませんな。添い寝は今でもしたいけど。
 というか、うちのサイトが賑わった最大の要因は、もしかしてショタ系の話題をやっていたからだったりする?
 ……まァいいか。あえて気にしないでおこう(;´Д`)

■衝突
 そんなこんなで、99年の後半はすこぶる好調だったわけですが、好事魔多しとはよくいったもので、あんまり調子こいていると、思わぬところから冷や水を浴びせられることがあります。このときも、そういったケースでした。
 まァ、改めて思い返せば、ホントに些細な諍いです。取るに足らないような出来事です。けれども、当時のわたしにとっては、初めて「サイト運営も楽しいことばかりではないんだな」ということを思い知らされた出来事だったのでした。もしかしたらそれは、サイトをある程度の期間やっている人間に必ず訪れる「通過儀礼」のようなものなのかもしれません。頭に過ぎるのは、既に閉鎖した先達たちのサイトのこと。──あァ、なるほど、こういうことだったのか。サイトをやめることを選択した彼らの気持ちが、少し判ったような気がしました。
 実際、わたしも閉鎖を考えました。「あー、もう、めんどくさー。いっそ全部消してしまおうかな」と投げやりな気分になった時期もありました。けれど、結局閉鎖はしなかった。理由は色々あるので一口には言えませんが、もちろん小説のこともあったと思います。こんなしょーもないことで企画を潰すわけにはいきませんでしたから。
 とりあえず、わたしは言い訳みたいな文章を長々と書いてみました。けれど、書いているうちに、これは他人に読ませるような文章じゃないなと気づいて、サイトに載せるのは思い留まりました。そうして色々と悩んでいるうちに、なんだか考えるのも面倒になって、全て投げ出してしまった。
 で、どうしたのかというと、しばらくネットから離れることにしたのでした。ちょうど年末年始だったのですが、大晦日を挟んで1週間ほど、ネットには一度も繋がずに、ひたすらずっとゲームをやっていました。まァ、それでもちっとも気は晴れなかったけど。何が問題かって、やっていたゲームが悪すぎた。……そう、そのときプレイしていたのは、当時発売したばかりのVPだったんですな。ご承知の通り、あのゲームは全体的に雰囲気が暗いです。なにせキャラのほとんどが死人だし。死に際のエピソードを延々と見せられているうちに、ますます気が滅入る結果となってしまったのでした。
 それでも、1週間もネットに繋がなければ、元々中毒気味だったわたしが我慢できるはずもありません。程なくしてわたしはネットに復帰しました。ほとんど何も解決していない──そもそも解決すべきことなのかどうかも判らなかったし──けど、とりあえず曖昧な状態のまま続けてみよう、というのが、最終的な結論でした。表面上は今までと何一つ変わりなく、サイトは続けられました。内面的には色々変わったんですけどね。ご存知のかたがいるかどうかは知りませんが(多分いないでしょう)、わたしのネット上での「口調」が変わったのは、ちょうどこの時期だったりします。「私」が「わたし」になったり、「ァ」や「ッ」を使って浅野りんっぽくしたのも、この一連の出来事がきっかけでした。口調を変えることで一体どうしたかったのかは、今もって不明だけど(;´Д`) まァ、心境の変化に伴ってイメチェンしてみたかったんでしょう。たぶん。

■4コマデータベースの移譲
 この時期はちょうど改装ラッシュでもありまして、サーバの移転やら内容整理やら、大がかりな変更も含めた作業が行われました。ところが、その過程で、手の回らないコンテンツをどうするかという問題が浮上してきました。当時はとにかく小説SO2の更新が最優先事項だったので、他のコンテンツ(特にFSのほう)はどうしても後回しになってしまう。改装時にいくらかは整理したけど、消すには惜しいものも結構ある。FS開設当初からある「4コマ劇場データベース」も、そうしたコンテンツのひとつでした。
 さて、どうしたものかと色々考えているうちに思いついたのが、コンテンツの移譲でした。ちょうどその頃、エニックス系サイト界(笑)に新星のごとく現れ、飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進していたサイトがありました。それが、ぴろろーさんの『FREELY PIROS』でした。このかたならばデータベースを続けてくれるに違いないと勝手(ホントに勝手です)に思って、ダメ元で移譲の件を持ちかけてみました。すると、ぴろろーさんはあっさり快諾。思いのほかスムーズに受け継ぎ作業は完了してしまいました。いやはや、その節は本当に助かりました。わたしもすっかり肩の荷が下りた思いでした。

■『少年探偵レオン』開始
 で、荷物を下ろしてせっかく肩も軽くなったというのに、そこにまた、新たな荷物を抱えてしまいます。これもわたしの悪い癖です。
 99年後期に発病(!)したショタ好きですが、それから半年ほど経つと症状は悪化し、「子供好き同盟」などという、今やったら眉を顰められかねないコンテンツまで立ち上げてしまいます。そして、その中の一企画として始めたのが『少年探偵レオン』でした。表向きは「読者参加型のミステリークイズノベル」(これも『ぼく推』シリーズのパクリです)ということでしたけど、直接の動機は言うまでもなく「レオンが書きたかった」、その一語に尽きます。本編のノベライズではレナ編を担当していたこともあって、レオンの出番が非常に少なかった。もっとレオンを書きたい、活躍させたい、そうした邪念思いを具現化させたものが、この企画でした。おかげで、内容もかなり趣味に偏ったものとなっております。女装させたり、変態ストーカー怪盗を登場させたり。少年探偵レオンは今でもERに置いてあるので、よかったらご覧ください。ちなみに633Bの元ネタは某BLゲームですが、知らないほうが身のためだと思います。はい。
 まァ、そういったことを抜きにしても、読者参加型の企画としては、面白い試みだったんじゃないかと思います。何だかんだで一応完結してますし。失敗例のほうが多いわたしの企画の中では、成功の部類に入る……かな。

 3年目はいろんな意味で本当に内容の濃い一年でした。同時に、わたしにとっては大きな分岐点となった一年でもありました。今から思えば、たぶん、このときが閉鎖する唯一のチャンス(?)だったんでしょうな。継続することを選択して──「選択」というより、単に「惰性」でそうなっただけなのかもしれないけど──FSは、当面の目標に向かって突き進んでいきます。……小説SO2の完結へと。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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