2007年03月28日

Flying Squirrel 回顧録 〜 2年目『加速』(1998.7-1999.6)

■SO2とER
 98年の7月30日に、スターオーシャンの続編が発売されました。初めて「サイトのためにプレイした」ゲームであったわけですが、それを抜きにしてもハマりました。どのぐらいハマったのかというと、その月のギャグ王のレビューをすっぽかしてしまうぐらいに( ̄× ̄; ギャグ王記念館の展示場では、今も9月号が抜けたままになっています。
 サイトの更新自体も、この先2年近くはERがメインになっていくことになります。それ以外のコンテンツに関しては、正直なところ、ほとんど放ったらかしでした。でも、これはしょうがないんですよね。義務でも仕事でもなく、趣味でやっている限りは、その時々の興味によってどうしても一方に偏ってしまう。全部まんべんなく更新できればいいんだけど、なかなか……ね。それでも、三笠山委員会の皆様には申し訳ありませんでした。ホントに完全放置でしたから。
 SO2発売によって、ERには新たなコンテンツがいくつか設置されました。情報コーナーと試練の洞窟攻略は今でも残っているけど、他には関連書籍やCVの声優さん紹介なんかもやってましたな。MIDIも鬼のように作りまくりました。のちには『ルシフェル・プロジェクト』と題して、十賢者のバトル曲をコンプしようなんて企画をぶちまけたりもしました。まァ、なんつうか、無謀もいいとこですね。逆に言えばそれだけバイタリティに溢れていたということか。そして、その溢れんばかりのバイタリティによって始めた企画が──そう、アレです。

■小説SO2
 ER、というかわたしのサイトにおける最高傑作となったこの企画ですが、始まりはすこぶる地味でした。当時はそんなに訪問者がいたわけでもなく、ホントに内輪だけのちょっとした企画のつもりだったんですな。どこまで続けられるかもわからなかったし。とにかく小説が書きたかった、SOの世界を自分で描いてみたかった、その一心で始めただけのことだったんですが……見事に大化けしましたな。まさか同人誌まで出すことになろうとは、9年前には想像もしなかっただろうに。
 小説SO2関係の話はこちらのエントリにも書いているので、よかったら参照ください。途中から笑かしにかかっているのがアレですが。わたしの悪い癖です。

■サイトを訪れる方々
 FS開設から1年余り経って、コンテンツも充実してくると、訪問者も少しずつ増えてきました。それと同時に、掲示板に定期的に書き込んでくれたりする、いわゆる「常連さん」もつくようになりました。いまネット上で親交のある方々は、ほとんどがこの時期の常連さんだったりします。裏を返すとそれ以降のひとたちとはほとんど親交がなかったということになるけど……まァ、気にしないでおこう。
 サイトの訪問者には、エニックス関係の作家さんも何人かいました。夏先生は言うまでもないけど、他にもDQ4コマのマンガ家さんからは、掲示板で話をしたりメールを頂いたりしていました。あとは、ゲームのマンガをいくつか描いていた某先生とか、普通に色々雑談してましたな。あのときのやりとりが連載中のマンガに少なからず影響を与えたと、わたしは勝手に思っております。実際はどうかわからないけど(笑)
 それと、何といっても一番衝撃的だったのが、三笠山先生の来襲。ええ、来訪じゃなくて来襲です。まさしく怪獣なみのインパクトでしたから。「落書き集」とか無断で載せていたから焦りましたよ。幸いにもお咎めはなかったけど。三笠山先生はその後『うめじゅく』というサイトを自ら立ち上げました。そのことが、委員会にも微妙な影響を及ぼすことになるのですが、そのあたりの話はこちらに書いてあるので割愛します。

■MIDI大量生産
 当時、わたしはMIDIデータも数多く作っていました。「耳コピ」なんて言葉は今やすっかり廃れてしまったけど、その頃はゲームの曲を聴き取ってデータに打ち込んでいくというのが流行っていたんですな。わたしも外部音源とかキーボードとか打ち込みに必要なツールを揃えて、DQやSOの曲をコピーしまくっていました。(※現在は、某著作権協会さんの登録曲を勝手にコピーすることはできません) 98年から2000年までの2年間というのは、耳コピストとしての活動のピークでもありました。ホントに阿呆みたいに作っていたなァ。おかげでMIDIに関しては、中級者程度の知識は身につきました。一から作曲するスキルはないくせにね。
 せっかくの機会なので、わたしがこれまでに作ったデータをリストアップしてみました。コピー曲限定です。未公開のものも少しありますな。ちなみに、1曲だけ激しく場違いなデータが混じっているので、暇なかたは探してみてください(笑) 今はコピー曲は公開していませんが、プレイヤーズ王国のほうに一部だけ置いてあります。聴くにはプレーヤを入れないといけないのが面倒だけど。

■『ギャグ王事務局』閉鎖
 
 99年2月26日時点。PCのフォルダを漁ったら残ってました。
 この5日後にギャグ王は休刊となります。

 サイト開設2年目は、順風過ぎるほど順風な年でした。けれども、ただひとつだけ、ショッキングな出来事がありました。独立サイトまで立ち上げて応援していたギャグ王が、突如として休刊してしまったのでした。
 なんつうか、もう茫然とするしかなかったです。先月までは普通に刊行されて、来月の予告にも休刊するような素振りは全くなかった。新連載も始まるって話だったし。それが蓋を開けてみたら、新連載は読み切りになっているわ、前の月から始まっていた連載は見るも無惨な終わり方をしているわで、もう酷い有様でした。1ヶ月の間に編集部の中で何があったのかは知らないけど、読者にとって、そして、おそらく作家のひとたちにとっても、その出来事は理不尽以外のなにものでもなかったと思います。
 休刊を知った直後、わたしはギャグ王事務局の全コンテンツをサーバから消しました。そして翌日には、閉鎖の告知を掲載しました。応援するべき雑誌がなくなってしまっては、サイトを続けていても仕方ないですから。それに、当時は既に、エニックスの雑誌関係に対する熱意はほとんど失せていたんですね。三笠山委員会だけはFSに戻して存続させたけれど、相変わらず放ったらかしの状況は続きました。そして、これをきっかけにして、サイトの更新はますますERのほうへとシフトしていくことになるわけです。

 FSの2年目はSO2発売で始動して、そのまま他のコンテンツを置き去りにしたまま突っ走った1年でした。そうして、いよいよERはピークを迎えます。あの、ちょっと怪しい熱気に充ち溢れていた日々に向けて、ERは着実に加速を続けていきました。


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年02月25日

Flying Squirrel 回顧録 〜 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)

■開設以前
 Flying Squirrelは97年の7月に開設されました。まァ、当初は「Flying Squirrel」という名前ではなかったんですが(後述) それ以前のわたしの活動についてはこのへんに書いてあるので、よかったらご覧ください。開設の動機は色々あったと思うけど、要は「ネットで誰もやっていないこと」をやりたかったんでしょうな。あの頃のネットは開拓期の真っ直中で、西を向けば未開の土地が見渡す限り広がっているような状態でした。勿論サイトは有るには有った。総合サイトやメジャーなジャンルであれば、個人運営でもそれなりに賑わっているところはありました。けれども、賑わいから少しでも外れれば、そこは全くの人跡未踏の地。開拓し放題だったんですな。そういう意味では恵まれた時代だったのかもしれません。
 そんなこんなで、手探りのサイト作りが始まりました。よしサイトを作ろう。作るにはどうしたらいいか。まずはページを置くスペースが必要なのか。広告つきでスペースを無料で貸しているところがあるらしいな、そこにしよう。ところでページってどうやって作るの? なるほどHTMLというのを打ち込んでいくのか。他のサイトのソースを参考にしよう。これでいいのかな、試しにブラウザで表示させてみる。おおすげー、ちゃんとホームページっぽくなってる。それじゃあこれをサーバに置いてみるか。……とまァ、試行錯誤を重ねながらも少しずつページを作っていったわけです。もちろん当時はHP作成ツールなんてなかった(かろうじてタグ挿入型エディタがあったけど、ほとんど使い物にならなかった)から、メモ帳にタグを直打ちしてました。……それは今も変わってないか。テキストエディタがメモ帳から秀丸に変わっただけで。今さら何かツールを使えと言われても、無理ですね。

■『むささびのおうち』開設
 
 97年8月1日時点(Internet Archiveより)
 クリックしても拡大画像は見られません。恥ずかしいから。

 開設当初は以下のようなコンテンツ構成でした。

・DQ4コマデータコーナー
 当時、欠かさず読んでいたDQ4コマシリーズのレビュー。後にはSO4コマとかもレビューしてました。
・ゲーム音楽あれこれ
 好きなゲーム音楽に関する独り言。
・むささびの小説のページ
 DQVの300年後の世界を舞台にした『ラルナ・プラフィアス』を掲載。小説SO連載以降は更新が滞りがちになり、数年後には未完のまま掲載中止となってしまいます。今さら再開する気はないからバラすけど、ラスボスはエスタークでした(笑)
・掲示板・チャット・リンク
 いわゆる「個人サイト三点セット」 昔のサイトにはつきものでしたな。
・M氏の数学狂広場
 友人であるM氏から提供された数学の問題を掲載。反響はごく稀にありました。数式はフォントにないから、こんな画像をいちいち作ってましたよ。面倒だった。

 ちなみに当初のサイト名は『むささびのおうち』でした。何気なしにつけたんだろうけど、さすがに安直すぎると自分でも気づいたのか、3ヶ月後には『Flying Squirrel 〜むささびのおうち〜』となり、さらに半年後には「むささびのおうち」を取って、現行のサイト名になったわけです。基本的にわたしはネーミングセンスがありません。『Evolution R』は一種の奇蹟だったんでしょうな。まァそれも一発で決まった名前ではなかったのだけど(後述)

■三笠山委員会とギャグ王レビュー
 10月には、サイト開設の最大の動機だった「うめ謎」に関するページを立ち上げました。その名も「三笠山出月復活推進委員会」……我ながら仰々しい名前だなァ。委員会については以前にも色々書いたから、詳細はそちらを参照のこと。
 それと同時に、当時刊行されていた『月刊少年ギャグ王』のレビューの掲載も始めました。理由は夏先生の「うめ謎を復活させたいなら、まずは舞台(ギャグ王)を盛り上げよう」という一言だったわけですが……今から考えると、思いっきり口車に乗せられてしまってますな( ̄× ̄; 

■SO専門サイト開設
 当時、FSのページを置いていたのは「ふりぃのぺえじ」(現:フリーティケットシアター)という無料サーバでした。ちょうどサーバの無料レンタルサービスが流行りだして、外国のものも含めて色々なサービスが乱立していた時期でもありました。現在はYahooに吸収されてしまった「ジオシティーズ」も、この頃にサービスを始めています。で、かねてよりスターオーシャンのページを作ろうと考えていたわたしも、ジオのアカウントを取って、そこにゲーム関係のコンテンツを置くことにしました。メインはSOのデータベースと攻略(これらのコンテンツは、今でも当時とほとんど変わらない状態で公開されています) その他にも、以前から細々と作っていたDQのMIDIなんかも掲載したりしました。まァ、当時のMIDIデータなんて、ソフトシンセで作っていたホントにお粗末なものだったけど。本格的な耳コピは外部音源を購入してから(98年3月頃)ですな。
 ちなみに、開設当初のサイト名は「がめっぱげ」でした。GAME PAGE→がめ ぱげ→がめっぱげ……………………。ええと、これはいわゆる仮タイトルだったんですな。正式名は後で考えるつもりでした。覚えてないけど、そういうことに違いありません。たぶん。きっと。願わくば。
 ……いや、ホントですってば。その証拠に、半年後には「Evolution R」なんて素敵な名前がつけられたではありませんか。決して英和辞典でサイト名に良さげな単語を適当に探してつけたわけではありません。本当です。evolutionですよ。進化しちゃうんですよ。それになんとRがつくんですよ。すると何としたことか、革命(Revolution)になっちゃうんですよ。右から来たものを左に受け流す(by ムーディ勝山)ぐらい衝撃的ではありませんか。これほどまでに斬新かつユーモアに溢れそれでいてペシミスティックなサイト名が今まであっただろうか(いや、ない) ERのその後の発展は、このサイト名がもたらしたものであると言っても過言ではないでしょう。知らないけど。

■世界初のギャグ王専門サイト
 ……と当時は謳っていたけど、実際どうだったのかは知りません。まァ、こんなマイナー雑誌のサイトを作るなんて酔狂なひとが他にいたとも思えないから、たぶん偽りではないでしょう。もし、わたしより以前にギャグ王のサイトを作っていた、というかたがいましたら、Internet ArchiveのURLを添えて、わたし宛にメールを下さい。すみやかに訂正しますので。世界で2番目のギャグ王サイト、と。
 閑話休題。
 98年の6月にサイトの大改装を行いました。その際、デザインの幅が広がるというので試しにCSS(スタイルシート)を使ってみました。ところがこれが大失敗。当時はIEとNNでスタイルシートの表示具合にえらい違いがあったんですな。そのせいで、一方に合わせるともう一方でデザインが崩れるという、にっちもさっちもいかない状態に。結局IE用とNN用でページを2つ用意して、JavaScriptでブラウザを判別させるという非常にややこしい方式をとることになってしまいました。CSSなんぞ使わずともデザインの仕方はいくらでもあったのに、当時はそれが判ってなかったんですなァ。若い若い。
 閑話休題。……なかなか本題に入れないな。
 ギャグ王レビュー、それに三笠山委員会と、ギャグ王に関連するコンテンツが2つあるのだから、いっそギャグ王だけのサイトを立ち上げよう。そう思い立って、改装の際にこれらのページを別サーバ(当時利用していたプロバイダのサーバ)に置き、『ギャグ王振興事業事務局』としました。まァ開設した最大の動機は、夏センセにいいところを見せたかった、ということだったような気もしますけど(笑) 内容は、元からあった2つ以外はお世辞にも充実したものではなかったけれど、これからのギャグ王のために、ネット上での読者の受け皿になれたらいいなと、そのときは思っていました。……今となっては空しいばかりですが。

■SO2発売前夜
 改装のもうひとつの目的が、SOの最新作発売に向けての準備、ということでした。MIDIライブラリをFSに移したことで、ERは完全にSO専門サイトとなりました。SO2のためのコンテンツも色々と用意してありました。勿論その中には「あの」企画も。
 それは、わたしのサイトにとって大きな分岐点となるSO2の発売まで、あと1ヶ月と迫っていた時期でした。(『その時歴史が動いた』)


■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2007年01月19日

Flying Squirrel 回顧録 〜 はじめに

 当サイト『Flying Squirrel』は、今年の7月で10周年を迎えます。10年前といえば、FFVIIが発売した年ですな。その年に生まれた子供は小学校の高学年。適齢期ですね。ネットもようやく普及し始めたかなという頃で、ブロードバンドもタブブラウザも2ちゃんねるもブログもSNSもありませんでした。回線は当然ナローだし、電話代がかさむのでテレホーダイは必須。音楽はもっぱらMIDIで、MP3すらほとんど出回ってなかったですな。当然ながら動画なんてもってのほか。現在のWeb2.0みたく「インタラクティブ」なんて言葉が流行っていたりもしました。こうして振り返ると、この10年でネットは随分と様変わりしたように見えます。けれども、以前に何度か書いた覚えがあるけど、本質的な部分ではほとんど変わっていなかったりもするんですね。わたしとしてはそのへんの「ねじれ」がいささか気になったりもしているのですが、今回はそういう話じゃないので、それはまた別の機会に。
 とにもかくにも節目ということで、FSの10年間を1年がかりで振り返ってみようかと思います。月イチで更新していく予定ですので、最後までおつき合いいただければ有難いです。

■Flying Squirrel 回顧録[目次]
  1. はじめに
  2. 1年目『未踏』(1997.7-1998.6)
  3. 2年目『加速』(1998.7-1999.6)
  4. 3年目『衝突』(1999.7-2000.6)
  5. 4年目『結実』(2000.7-2001.6)
  6. 5年目『錯誤』(2001.7-2002.6)
  7. 6年目『悲願』(2002.7-2003.6)
  8. 7年目『隘路』(2003.7-2004.6)
  9. 8年目『原点』(2004.7-2005.6)
  10. 9年目『再見』(2005.7-2006.6)
  11. 10年目『途上』(2006.7-2007-6)
  12. おわりに
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2005年12月01日

遙かネットの昔話(小説SO2編)

 元々わたしは、久美沙織先生の『小説ドラゴンクエスト』シリーズの大ファンでした。本はハードカバーのページがバラけてしまうぐらい何度も繰り返して読んだし、暇があれば自分でDQや他のゲームの小説を書いたりもしてました。昔からノベライズを書きたいという思いはあったんですな。「オリジナル」じゃなくて「ノベライズ」なのがまァ何というか、わたしらしいですが。
 んで、97年の初めにFFVIIが発売しました。当時わたしはその情報収集のため、ネットのゲーム掲示板に張りついていました。ネットで集めた情報をプリントアウトして学校に持っていくと、同じくFFVIIをプレイしていた級友たちにえらい好評だったんですな。おかげでわたしは「情報屋」なんて呼ばれてすっかり調子に乗って、連日連夜掲示板に入り浸って情報をかき集めていました。睡眠時間2,3時間なんて日もザラにあったと思います。若さってやつですかねぇ。
 そんな折に、ひとつの出会いがありました。掲示板に時々、攻略でも雑談でもない記事が投稿されているんですね。どうやらとある投稿者が、FFVIIのストーリーを小説にして公開しているらしい。どんなものかと試しにちょっと読んでみたら、これがなかなか良く出来ている。会話文が主体で小説というよりはシナリオっぽい感じだったけど、原作のイベントを自分なりに消化して、上手くまとめ上げてありました。作品としてはけっきょく未完に終わってしまった(途中で投稿者がいなくなった)けど、わたしの中ではそれが「ノベライズをネットで公開すること」の面白さと魅力を知った瞬間でした。一気にまとめて書くんじゃなくて、長いスパンを視野に置いて連載みたいに少しずつ書いて公開して、その都度感想をもらう、という方式も、掲示板でのやりとりを参考にしてそれを踏襲したものでした。
 そして98年の夏、満を持してSO2が発売されました。既にわたしは小説を書く気満々だったわけですが、ひとつ問題がありました。このゲームは主人公が2人いて、ゲーム開始時にどちらを主人公にするか選択する形式になっていました。両方の視点をひとりで書くことも考えましたが、さすがにそれはちと厳しい。このゲームを「完全に」ノベライズするには、もう片方の主人公を担当してくれるひとが必要でした。そこで、わたしはひとりのSOサイト管理人に白羽の矢を立てました。

「(小説を)書 か な い か ?」
「ウホッ いい企画」

 ……というやりとりがあったかどうかは定かではありませんが、こうしてわたしとShiraさんは、2人でハードゲイ小説を書いていくことになったわけです。Shiraさんがクロード編、わたしがレナ編を担当することになり、締め切りを設定して同じ進行速度で進めていくという約束事も決めました。そして8月、ついに「小説SO2」はスタートしました。
 たぶん、かなり無謀な企画だったと思います。どちらか一方が一度でも締め切りをぶっちぎれば、そこで更新が滞ってジ・エンドですからね。しかも最初から長期戦になることはわかっていた。先の見えない中でどこまで書き続けられるのか、実のところあまり自信はありませんでした。
 けど、続いてしまった。2年4ヶ月もの間、ほとんど滞ることなく更新を続けて、2000年12月にきっちりピリオドを打つことができました。この企画を成功たらしめた要因というのは色々あるんだろうけど、やっぱり2人でやっていたってのが、大きかったんだと思います。責任感、とは違うけど、ある種のライバル心というか、互いに互いを意識して、刺激しあった結果なのかもしれません。そうして戦いを終えた2人の間にはいつしか恋心が芽生え……るはずがありません。やめてください。


 とまァ、こんな感じで、小説SO2を書いた経緯というのを簡単にまとめてみました。なにかの参考になればと思います。ならないと思いますが。なお、文中の後半部分に一部好ましくない表現がありますが、決して途中で書くのが面倒になってハードゲイや801ネタでお茶を濁したわけではございませんので、あしからずご了承ください。フォー!
posted by むささび at 02:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話